「漁師にとって一番大切なのは、なんだと思いますか」。秋田県が全国から参加者を募った漁業体験研修が9月16日から3日間、青森県と県境を接する、八峰町八森で開かれた。その懇談会の席上、底曳き網漁業を営む山本太志さんが、そう質問を投げかけた。「漁場」「(漁師の)腕」「時間帯」「道具」などの答えが出たが、山本さんはひとつひとつに「違います」と返事をし、正解を言った。「生きて帰って来ることです」土井敏秀=秋田・八峰町

2艘の漁船に分乗して底引き網漁を見学(鐙啓記撮影)
2艘の漁船に分乗して底引き網漁を見学(鐙啓記撮影)

 参加した15人は「ハッ」とした表情になった。ひと言も聞き逃すまいと息を詰め、次の言葉を待った。この日は山本さんの船「但馬丸」の漁を、ほかの船から見学した。波に揺さぶられ腰を落とし、時折、土砂降りに見舞われては甲板で滑り、転がり、中には吐き気に襲われ、うずくまる人もいた。だからだろう。「生きて帰る」は体で、少しは納得できた。

 山本さんの話は続く。「私は船長になって7年。これまで3人がけがをしている。どれも油断して海を、自然を甘く見た結果です。23歳の男の場合は、乗って2年目だったんですが、太いロープに足が絡んで、海に引っ張られました。そのロープで足首を切断されて、体が浮いたので助かった。人間は1秒で死にます。海の強烈な力には、抗えません。海は怖い。いい日もあればダメな日もある。毎日毎日を、見えないところから想像力を働かせる。どの場所で獲ったか、を記憶して蓄積していく。運もあるが、自分で考え、工夫する。本当に難しい。だけどやりがいがある。新しいことをやると、周囲から浮きやすいが、『出る釘は打たれる』ではなく『出過ぎた釘は曲がるだけだ』と考えてやっている。息子の代に引き継げるためにも、顔が見える漁業、消費者が信頼して注文してくれる漁業に、誇りを持ってやっている」

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