「新型ウイルス不安」で音楽祭を断念、それでも無観客LIVEで「人と人をつなぎたい」 仙台出身のシンガーソングライター

寺島英弥=仙台市】佐野碧さん。仙台市出身で、東京からネパールまで海を越えて活動するシンガー・ソングライターだ。今年1月29日の自身のブログ「空からこぼれた歌がある。」に、佐野さんはこう書いた。

 『2020年開催決定。日本とアジア、そして世界を繋ぐ国際交流のイベントです。国際交流をしたい一つの理由は、私が海外に行くと日本を知れる。という経験をしたからです。異文化に触れることがこれほど大切かを痛感しました。 そして互いを尊重しながらふるさとを想い、ただ繋がりたい。何にも囚われず、思いっきり自由に、そして明日が楽しくなるような時間、楽しんでいただけたら幸いです。』 

宮城学院大を卒業して1年後に東京でスタジオを開設し、ライブ活動をスタートさせて以来、初めての「ホールコンサート」となるはずだった。3月1日、東京・有楽町のよみうりホールに1000人の人々を迎えようと準備していた、「HIKARI SONG GIFT in JAPAN -Charity music festival-」。

それが2月18日、一転「開催中止」を決断する。いま日本中を「感染」という不安に陥れる新型コロナウイルスへの対応を問われ、悩み、苦しんだ末の結論だった。が、「それでも、人と人をつなぎたい。みんなの気持ちの沈んだいま、歌で癒しと元気を届けたい」と失意から再び立ち、「無観客LIVE配信」をやろうと決めた。たった1人の開演が間もなくだ。

無観客ライブ会場のよみうりホール前に立つ佐野碧さん=2月26日、東京・有楽町(筆者撮影)

ネパールに歌と灯火を届け

『レッサン・フィリリ』という曲がある。踊るように軽妙な横笛伴奏の恋歌で、ネパールのにぎやかな集いに欠かせない国民歌謡だ。筆者は二十余年前、ヒマラヤの村の田植え後の宴で初めて聴いた。

『あなたを想う気持ちはきっと越えてしまう ヒマラヤ。 美しきバクタプール ブンガマティ ポカラ。 どんな景色よりも好き あなたの笑顔。 会いにゆくよ タイを経由 東京 ここからカトマンズ』

佐野さんはライブで必ず、日本とネパールをつなぐ自作の日本語詞を織り込んで披露する。会場は手拍子と「レッサン・フィリリ〜 レッサン・フィリリ〜」の大合唱になる。 

ネパールで2015年4月、約9000人が亡くなる大地震があったのをご記憶だろうか。日干し煉瓦の家々の集落が各地で崩壊し、貧しい国ゆえ再建もままならぬ人々の悲嘆と窮状を知り、佐野さんは翌年4月、現地で「HIKARI SONG GIFT」と銘打つコンサートを開催。地元のアーティストたちと共演しながら、街の広場やスラム、山の村で、昨年まで4回を重ねる。 

同国の子どもへの学資支援活動に30年携わる母優子さんが企画を助け、佐野さんは日本でのライブでファンに募金を呼び掛け、ネパールの開催地に集った人々に日本製のソーラー・ランタンを手渡してきた。その数はこれまで585個に上り、目標は1000個。

いまなお復興途上の村々の暮らしに贈る、友情の歌と灯り。会場はいつも、大勢の老若男女が揺らすランタンの光で一つになる。だから「HIKARI SONG GIFT」。佐野さんはネパールで一番有名な日本人シンガーになった。  

東京で音楽祭を企画

「HIKARI SONG GIFT in JAPAN -Charity music festival-」は文字通り、日本とネパールをつなぐ音楽祭に、多くの日本人に参加してもらおうと夢見た。佐野さんはそれまで在日のネパールの人々のお祭りでゲスト出演し、自らのライブにも出演してもらってきた。

「数え切れないライブハウスで歌い、1000席ある大きなホールでのコンサートは目標だった。縁を培ったネパールの友人たちに来てほしいが、日本では料金が高い。それで無料チケットを出して招待し、ファンや一般客には1000円のチャリティーチケットを買ってもらい、協賛してくれる人も募った。ネパールの文化に日本人にたっぷり触れてほしい。そんな交流の音楽祭を企画した」 

プログラムによれば、SONA.KCさんら、日本や母国で活動するネパール人シンガーたちを招いて歌ってもらい、東京にあるネパール人学校「エベレスト・インターナショナル・スクール」の子どもたちとステージで共演する。開会のあいさつを、在日ネパール大使が引き受けてくれた。 そしてもう1組、大切なゲストがいた。やはり縁の生まれた郡山市のダンススクールの5人組チーム「marinancrew」。佐野さんが開催時期に3月を選んだ理由には、ネパールの人々と同じ被災地を古里にする者として、東日本大震災と福島第一原発事故を伝えたい思いがあった。

佐野さんも「大震災が人生の転機になった」と言う。傷ついた古里の再生を祈る思いがデビュー曲『虹色のひとみ』(ケーナの田中健さんと共演)に結晶し、仙台への里帰りライブを重ねてきた。

東北の若い仲間と、人気のオリジナル曲『野球の虫』をフェスティバルで共演し、「一緒に元気に “東北魂” を、日本とネパール、アジア、世界に贈りたい」とも願った。

会場のよみうりホールは、JR有楽町駅前にある有名な施設。1000席あり、使用料は都内でも高いホールだ。「去年の9月に会場探しを始めたが、すでにどこも埋まっていた。よみうりホールだけが、たまたまキャンセルが出たのか、3月1日が空いていた。審査も厳しく、こちらの信用やスポンサー名などをさまざま問われ、2週間掛かりだった。正式に決まった時はうれしかった。夢が実現し、お客さんと一緒に1000人で踊りたかった」

苦悩の断念、そして励まし

そして、2020年2月。「仙台から聴きにいく」というファンたちをはじめ、ネパールの人たちも大勢来てくれることになり、チケットは500枚以上が出ていた。ステージで演奏するミュージシャンたちも集まった。準備は順調だったが、無気味な暗雲のようなニュースが頻繁に流れ始めた。初めは遠い中国・武漢の話だった新型コロナウイルスが、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」乗客の感染判明、その後の天皇誕生日の一般参賀中止、日本各地での患者増加へとみるみる広がり、佐野さんのファンからも「フェスティバル、本当にやるの?」と問い合わせが相次ぐようになった。チケットのキャンセルも出始めた。

「この『自粛』の風潮に乗るのは嫌だ」と、佐野さんはコロナウイルスのことを調べ、「会場にはマスクを付けてきて」とネットでSNSで呼び掛け、当日用のマスク、体温計、消毒液を準備した。だが、マネージャーはついに「大事を取って、中止にした方がいい」と言い出し、佐野さんは大げんかをしたという。

「まさか、コロナウイルスの問題が自分に関わってくるとは思わなかった。こんなに頑張ってきたのに、やめるなんてあり得ない。夢の実現を、目前にして手離すなんて、悔しくて耐えられない。でも万が一、誰かに大事が起きれば、招いた子どもたちに命の危険が生まれたら、それは国際交流にそぐわなくなる。丸2日、悩んで泣いて、最後は自分で中止を決めた。2月18日だった」 

買ってもらったチャリティーチケットは全額返金することにしたが、SNSやホームページでのお知らせに、たちまち300件ものメッセージが返ってきた。中止への抗議ではなく、ほとんどが励ましだった。「返さなくていい」「新しいランタンに使って」「ネパールの人たちに役立てて」「辛いけれど、英断をしたね」ー。

佐野さんがじかに報告した人たちもいた。昨年11月末、豪雨災害後の相馬市でライブを開かせてくれた「中村珈琲店」の桜井一枝さん(63)。チャリティーチケットを20枚買ってくれていた。「『苦渋の決断でした…いろいろ考えたけれど』という内容だった。気持ちを尊重するけれど、それよりも、またトライしなさいよ、と返した。落ち着いたら、おいしいものを食べにいらっしゃい、って」 

歌の力で人をつなぎたい

佐野さんは言う。「何が正しいのか分からない選択を迫られ、これまでの人生にない辛い経験をした。私の悩み苦しみを分かち合ってもらえた。『英断』という言葉が多かった。応援の力をこんなにもらったのは初めて」
そこからだった。目標をなくして、穴が空いたようになった心に力が湧いてきた。

「無観客でライブをやろう」。新たな決断をしたのは2月21日。「悔しくすぎて、泣きすぎて、そして一気に晴れた。ただ中止にすれば、お金を払って終わり。何も残らない。お客さんがいなくても、カラオケでもいい。たった1人でスポットライトを浴びて、原点に帰って歌えればいい。それも新しい挑戦」

いったん解散したスタッフに声を掛けると、賛成してくれる有志たちがいて、ボランティアでライブ配信をしよう、という話に進んだ。当初の音楽祭は3時間を予定したが、今回は1時間程度になる。それでも、応援してくれる人たち、古里仙台の友人ら長年のファンへのお返しになる。 

『チャリティイベント HIKARI SONG GIFT in JAPAN 開催中止につき 「無観客LIVE配信決定」〜新たな挑戦 今だからできること〜 2020年3月1日(日)17:30〜』 こんなお知らせが、佐野さんの事務所「AOI FACTORY RECORDS」からリリースされたのは2月23日。
「握手ができない、ハグができない、CDにサインすることもできない。人と人の距離が日に日に遠ざかり、触れ合える場さえなくなってしまう」。新型ウィルスが日本の社会にもたらしている不安や恐れへの、佐野さんの思いだ。

開催から中止、無観客ライブまで3つのチラシ

政府が、全国から多数の人が集まるスポーツ、文化のイベントの2週間自粛要請を発表し、EXILE、Perfumeのコンサートが当日中止になったのは26日。「自粛」の波は全国に広がる。

「それでも、つながりたい。1000人を超えて、歌という灯火で人をつなぎたい」 

無観客LIVE配信サイトはこちら https://hikarisonggift.com/webcast?fbclid=IwAR0gJLpolKhJWXz2JDoyj4zGtvvtdsMiImoQSuoqK8tVqOLFKUU-txwhI3E 

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