【土井敏秀=秋田県男鹿市】季節の移り変わりは、人々の暮らしの中でこそうかがえます。暮らしを掘り下げたところから思考する、哲学者内山節さんは、「時間についての一二章」のなかで、こう指摘しています。

「去年の春から一年が経過したと感じるのは縦軸の時間のこと。もうひとつの時間世界では、春は円を描くように一度村人の前から姿を消して、いま私たちのもとに戻ってきたのである。一年の時間が過ぎ去ったのではなく、去年と同じ春が帰ってきた。時間は円環の回転運動をしている。このような時間存在を、とりあえず私は縦軸の時間と対比させて横軸の時間と記した。それは自然と強く結びついた暮らしと労働を営む者たちの時間世界である」

縦軸の時間は、とりあえずピリオドを打ちます。でも、自然とともに生きる暮らしには、季節の巡りに合わせて、同じことを繰り返す仕事が欠かせません。内山さんの言う「横軸の時間」です。「終わったのではなく、待つ」。北畠八穂の「津軽野の雪」という本の中に、祖母と孫娘が一つふとんにはいって、吹雪に耳をそばだてている場面が出てきます。「うなりァおっかねの、おばァさま」「なんの、なんの、あの吹雪はよ、今年生まれてくるもの達の魂をはこんできてるのし」

秋が深くなった秋田県男鹿半島で、そんな「横軸の時間」を暮らす人たちと、一緒に笑い合えました。その雰囲気が少しでも伝わってほしいな、という今回の報告です。


その1

高さ15㍍のなまはげの立像が迎える男鹿市総合観光案内所は、男鹿大橋手前の国道101号線わきにあり、同市の「玄関口」にあたる。その一画に植えられたダリア、コスモスなど多彩な花々は、そろそろ最盛期を過ぎようとしている。長年、この「花の広場」の世話役を務めている、加藤恵治さん(77)と妻の峯子さん(75)はこの季節、「これが今シーズン最後の仕事になるかな」と、チューリップの球根を植えたり、ポピーの種をまいたりしながら、来春の情景を思い描いている。

【「花の広場」の世話役を務めている加藤夫妻】土起こしは夫、種植えは妻

「この間、保育園の子供たちが大勢、コスモスを見に来てくれたんです」と恵治さん。峯子さんが笑顔で「おとうさんがはしゃいじゃって。一緒に写真を撮ったり、肩車をしたり。嬉しかったですよ」と続けた。

「花の広場」は約3千平方㍍あり、12年前に整備されたが、5年前から船越長沼老人クラブ会長の加藤さん夫婦だけで維持管理をしている。農業用の工作機械を扱う仕事をしてきた恵治さんだが、農作業そのものは得意ではなかった。そして意地っ張りである。教えを請わない。だから例えばダリア栽培なら、ダリアの観光農園に行って、さりげなく質問を繰り返し、秘けつを探った。今年初めて種をまいたコスモスの花壇も、道路沿いに長く植えているほかの自治体の植え方を参考にした。「コスモスは種をまいてから3カ月で花が咲く」と知った。7月10日に約10㌃にまくと、きちんと10月10日に、最初の開花があった。

中古の小型トラクターで耕し、峯子さんが雑草を刈り、ふたりで水をまき、球根や種を植えるのは峯子さん。仕事量が少ない恵治さんは、照れ笑いを浮かべ「ほら、僕は監督だから」と。冬場の5カ月をのぞいた7カ月のうち、少なくとも1カ月、30日はこの地に通っているという。朝4時から正午までが作業の基本時間。ふたりは、12年前から地元の海岸で「3世代交流」を目的とした地引網を企画し、開催もしてきた。「本当にボランティアの気持ちがあるから、できてきたんだと思う」。だからふたりは、訪ねて来てくれた人が声をかけてくれるのが、何よりも嬉しい。


その2

なんといっても、ホタルに寄せる強い思いがかりたてた。

昨年夏にここで紹介した、男鹿市五里合地区の田んぼの中にある「ホタルカフェ」を覚えておられないだろうか。カフェ珈音(かのん)の店主佐藤毅さん(43)は、この地で収穫した新米を「ほたるのお米」と名付けて、首都圏に売り出そうと試験的に「行商販売」を始めることにした。

【こおひい工房 珈音】店の向かいに田んぼが広がる

 

【珈音店主の佐藤毅さん】店内には焙煎機と精米機が同居する

物静かな佐藤さんは、その動機をこう話す。「今年の夏もヘイケボタル、ゲンジボタルが、店の周りでたくさん見ることができました。これも豊富なわき水で、コメを育てている田んぼがあるおかげです。ホタルを守るには、田んぼを守らないといけない。田んぼを守るには、ここのコメが売れなくてはいけない。それで『ほたるのお米』という名前を付けて販売して『このコメを買うと、ホタルの生息地を守れるのね』と、応援してくれる仲間が増えるんじゃないか、と考えたんです。『一度、ホタルを見に行こうかしら』と五里合に来てもらえたら、いいなあ」

【ホタルのおコメのラベルはひとつひとつ手書き】

ホタルの名前を使ったブランド米は、全国各地にある。「無農薬・化学肥料不使用」という強みを持ったコメも、もちろん多い。でも佐藤さんは「今の男鹿の農業の現状を考えると、(人手がかかる)無農薬でやって、とは真っすぐに言えない。声をかけ続け、徐々に納得してもらえるまでの時間が必要」という。それでも、きれいなわき水があるおかげで、ホタルは生存を繰り返してきた。「この環境をもっとよくしていくには、地区の農家の協力、都市部の消費者の応援が不可欠になってくる」と強調する。

コメを農協に卸すよりも少し高値で買うという条件で、今年は5件の農家の協力を得た。胚芽米5㌔入り百数十袋分と、もち米も少し。15㌔を1時間かけて、ゆっくり精米する循環式の精米機を使い、袋詰め、ラベル書きもカフェの仲間と一緒に手作業で行った。5㌔2500円で販売するが、12日から4日間は、東京圏に出向き、雑誌社などを回って「ほたるのお米」をアピールすることにしている。

「子供のころから毎年見てきた、ホタルがすめる環境を、ずっと残したい。地区の周辺にも風力発電の風車が、次々建てられています。コメ農家がいなくなり、人がいなくなって風車だけが回っている……。そんなことになったら、ホタルも消えるかもしれない」。佐藤さんは危機感が募るからこそ、この地で採れるコメの販売に力を込める。




 

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