【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=フランス・カンヌ】5月28日に授賞式が行われ、下記のような受賞結果になりました。
 誰もが驚いたのはリューベン・オストルンドの『スクエア』がパルム・ドールを受賞したことでした。主人公はストックホルムの架空の現代美術館のキュレーター。次の企画展として美術館の中庭を四角く区切り、そこを通るときは自分のことより他人のことを考えようという利他主義のインスタレーションを準備しています。難解な言葉を操ってインタビュアーを煙に巻く、インテリのキュレーターですが、スマホを盗まれた事件をきっかけに彼の表の顔が崩れてしまう、というもの。前作『フレンチアルプスで起きたこと』では家族を置いて雪崩から逃げた父親の責任をどこまでも追及したオストルンドですが、今度は、安全な立場からの口先だけの博愛主義の偽善を鋭く批判。その矛先は観客にまで向けられているようでした。

パルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンド監督

 フランスのプレスを中心に評価が最も高かったのがロバン・カンピヨの『120BPM』でした。同性愛者に特定の病気という誤った情報と、エイズ=死に至る病としての恐怖が世界を震え上がらせていた90年代に、エイズ患者のために活動していたアクトアップという実在のグルーブを舞台にした青春群像劇。メンバーは同性愛者で、ほとんどがHIVポジティヴ、なので過激な活動をしても、友情や愛情が芽生えても、常に死の影から逃れられないのです。監督のカンピヨ自身もアクトアップの元メンバーで、彼の実体験を元にしているのでリアリティがあり、完成度の高い感動作でした。

ロバン・カンピヨ監督

 日本からコンペにエントリーした河瀬直美の『光』は本賞には入らず、エキュメニック賞という小さな賞を受賞するに留まりました。

 今年最も注目されたネットフリックス製作の2本、ポン・ジュノの『オクジャ』とノア・バームバックの『ザ・マイヤーウィッツ・ストーリーズ』は大方の予想通り、賞には絡みませんでした。

ネットフリックス問題への回答

 『オクジャ』は、韓国の山奥で肥育された巨大な豚オクジャをめぐって、オクジャを友達のよう可愛がる少女、世界的バイオ企業の女社長、バイオ科学者、過激な動物愛護グループが入り乱れるという内容。今までのポン・ジュノ作品では最も一般ファミリー向けで、韓国でなくてもどこの国でも成り立つエンターテインメント映画でした。また、エンターテインメントという意味ではノア・バームバックの『ザ・マイヤーウィッツ・ストーリーズ』も同様で、音楽家になれなかった負け犬の長男アダム・サンドラーが、頑固で我が儘な父親ダスティン・ホフマンに振り回される姿を描いたもの。弟にベン・スティラー、継母にエマ・トンプソンなど豪華オールスター・キャストで、『イカとクジラ』や『フランシス・ハ』といった低予算インディーズ映画を多く撮ってきたバームバックが、より大きな観客層に向けて作った一般映画といった感じがしました。

 この2本が上映された時点で、私はどちらもパルム受賞はないと確信できました。記者会見でポン・ジュノは作品の内容に関してネットフリックスからは一切干渉されなかったと語っていましたが、世界中にいる無数のユーザーに向けて作品を配信するネットフリックスという企業の性質を考えれば、作品がよりエンターテインメントに、より総花的になっていくのは仕方がない反応ではないかと思います。その対極にあるのが作家性で、今年、ペドロ・アルモドバルを長とする9人の審査員が、コンペ作品の中で最も作家性の強い、オストルンドの強烈な個性にパルムを与えたのは、ネットフリックス問題への1つの回答であったような気がするのです。




受賞結果

●コンペティション部門
パルム・ドール:『スクエア』監督リューベン・オストルンド
70回記念賞:ニコール・キッドマン
グランプリ:『120BPM』監督ロバン・カンピヨ
監督賞:ソフィア・コッポラ 『ビガイルド』
男優賞:ホアキン・フェニックス 『ユー・ワー・ネヴァー・リアリー・ヒア』監督リン・ラムジー
女優賞:ダイアン・クリューガー 『イン・ザ・フェイド』監督ファティ・アキン
審査員賞:『ラヴレス』監督アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本賞:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリッポ 『キリング・オブ・ザ・セイクリッド・ディア』
    リン・ラムジー 『ユー・ワー・ネヴァー・リアリー・ヒア』

●短編コンペティション部門
パルム・ドール:『小城二月』監督 邱陽(中国)
スペシャル・メンション:『天井』監督テッポ・アイラクシネン(フィンランド)

●ある視点部門
ある視点賞:『完璧な男』監督モハンマッド・ラスロフ(イラン)
審査員賞:『アブリルの娘たち』監督ミシェル・フランコ(メキシコ)
監督賞:テイラー・シェリダン 『ウィンド・リヴァー』(アメリカ)
俳優賞:ヤスミン・トリンカ 『フォルチュナータ』監督セルジョ・カステリット(イタリア)
詩的映画賞:マチュー・アマルリック『バルバラ』(フランス)

●カメラ・ドール:『若い娘 モンパルナス・ビヤンヴニュ』監督レオノール・セライユ(ある視点部門・フランス)

●シネフォンダシオン部門
第1席:『ポールはここにいる』監督ヴァレンティナ・モレル(ベルギー)
第2席:『アニマル』監督バフラム&バフマン・アルク(イスラエル)
第3席:『2つの青春の死』監督トマソ・ウスベルティ(イタリア)

●国際批評家連盟賞
コンペティション部門:『120BPM』監督ロバン・カンピヨ(フランス)
ある視点部門:『クローズネス』監督カンテミール・バラゴフ(ロシア)
監督&批評家週間:『ナッシング・ファクトリー』監督ペドロ・ピニョ(ポルトガル)

●エキュメニック賞:河瀬直美 『光』

【齋藤敦子】映画評論家・字幕翻訳家。カンヌ、ベネチア、ベルリンなど国際映画祭を取材し続ける一方、東京、山形の映画祭もフォローしてきた。フランス映画社宣伝部で仕事をした後、1990年にフリーに。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。労働者や経済的に恵まれない人々への温かな視線が特徴の、ケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」なども手掛ける。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)、「奇跡の海」(幻冬舎文庫)、「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書もある。

【連載】第70回カンヌ映画祭報告<全3回>

Netflix問題と映画の未来/第70回カンヌ映画祭報告(1)

89歳と34歳のドキュメント/第70回カンヌ映画祭報告(2)





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