【文・写真/安藤歩美=宮城県女川町】東日本大震災から7年が経った、3月11日。宮城県女川町の離島・出島(いずしま)で、休業していた小さな民宿が、ひっそりと再開した。その名は「民宿いずしま」。その再出発の日を取材した。



3月11日。宮城県沿岸部の女川町からフェリーに乗り込み、離島の出島に向かう。眩しいほどの青空と、女川町特有の美しい青緑色の海を、船は進んでいく。50分ほど揺られると、出島の寺間という集落に着く。

船を降り、出迎えてくれたのは「民宿いずしま」の主人、佐藤淳さん(52)。船着き場から、高台にある民宿まで案内してくれた。民宿の広間には大きな窓があり、そこから穏やかな女川湾や、水平線の広がり、船着き場にゆったりと入ってくる船の姿などが一望できる。「自分の民宿だっていうこと、今でも信じられないんだよね」。外の景色を眺めながら、そうお茶目に笑う佐藤さん。実は出島へ住むようになって、まだ1カ月程度だ。

「民宿いずしま」の広間の大きな窓から外を眺める、佐藤淳さん

休業した創業30年の民宿と、約30年続けた会社を辞めた男性が出会った

30年ほど前に出島でオープンしたという「民宿いずしま」。2011年の東日本大震災では出島も住民25人が犠牲となる大きな被害を受け、出島唯一の宿泊施設であるこの民宿は、住民の避難場所としても機能したという。地震で建物が傾くなどの被害を受けながら営業を続けていたが、民宿を一人で切り盛りしていた女将さんが高齢となり、2017年6月に休業。民宿の経営を続けてくれる後継者を探している状態だった。

その当時、ちょうど30年近く働いていた仙台市の会社を辞め、しばらく旅行や趣味を楽しもうと過ごしていた佐藤さん。ある日前職で一緒に働いていた女性から、「出島で知り合いが経営している民宿が休業したから、片付けを手伝ってもらえないか」との相談を受けた。二つ返事で快諾した佐藤さん。昨年9月に仲間と初めて島を訪れ、片付けを手伝ったり、釣りを楽しんだりして過ごした。その夜の宴で、宿の女将さんから「ここ、他の人に譲るつもりなんだよね」という話を聴く。

 「その夜はまだ、ふーんそうなんだ、くらいにしか思っていなかったんですよ」

 翌朝。目覚めた後、民宿の広間で、窓から朝の景色を眺めた。

 「その日は、本当に天気がよくて……」

地元の人でも、何時間でも飽きずにその場所から外を眺めてしまうというほどのその絶景に、心を奪われた。女将さんに見送られ、帰りの船に乗るために船着き場に着いたとき、抱いていた気持ちが言葉になった。「お母さん、あのさ、民宿を譲る件、俺にも考えさせてよ」。

広間の大きな窓からは、美しい女川湾が一望できる

「出島の再出発という意味を込めて、3月11日に」

10代のころから飲食業などあらゆる職種で働き、若くして飲食業の会社の営業部長にもなった佐藤さん。休みは週に一日、残業も多く仕事は多忙を極めた。「60までの8年、もっと自分がやりたいこと、考えたいことがあると思って」。次の職のことも考えず会社を辞め、偶然たどり着いたのがここ、出島だった。

仙台に戻り、出島の民宿を継ごうかと思っている、と友人らに相談すると、反対する声も少なくなかった。しかし、「小さいころから、思い立ったらすぐに行動してしまう冒険好きな人間」。出島を初めて訪れてからわずか1カ月程度で、民宿を自ら購入し、開業する決断をしたという。土地や施設の購入のほか、設備の拡充や内装のリニューアルなど多額の初期投資がかかったが、民宿の再生のためにと出資してくれる地元の協力者も現れ、開業のめどが立った。再オープンの日は「出島の再出発、という意味を込めて、3月11日にしようと思う」と島の住民に相談すると、「いいと思いますよ」と、賛成してくれた。

そして、3月11日。新しくなった「民宿いずしま」は、出島の高台で静かにオープンしたのだった。

新しくなって3月11日にオープンした「民宿いずしま」

人口流出が加速する島に、観光客を

震災前は人口約500人だった出島だが、今年2月時点での人口はわずか137人(女川町人口統計)。島にはお店も病院も学校もなく、町へ出る船は、一日3便しか運行しない。

「不安?そりゃあ、ありますよ。でも、何よりここがいいのは、人があたたかいんです」。人口流出が加速するこの島だが、島の結束は固い。住民は新しく住み始めた佐藤さんを歓迎し、ある日には両手に抱えたバケツいっぱいのワカメを差し入れてくれたり、またある日には、自宅に迎え入れてお昼ごはんをごちそうしてくれたり。島を挙げての歓迎会も企画された。「もちろん大変なこともあるけれど、ここに来てから、いいことしかないんですよ」

佐藤さんは、民宿を起点にさまざまな体験イベントを用意して、出島に観光客を誘致したいと考えている。浜辺を使ったバーベキューや、民宿の軒先で開くカフェ。海では釣りはもちろん、シーカヤックなどの遊びも取り入れたい。民宿はいずれ、木をふんだんに使ったおしゃれなロッジ風にしたいという野望もある。「こんな素敵なところに泊まれるの?と、みんなが住みたくなってしまうような、喜ばれる特別な空間にしたいですね」

出島の豊かな自然を活かした体験も提供したいと話す佐藤淳さん

「オープンの日をあまり騒がしくしたくない」という思いから、民宿の再開はほとんど宣伝・告知していなかったという佐藤さん。取材をさせてもらった3月11日、この日の宿泊客は、記者ただひとり。期せずして、光栄にも新規オープン後初めての客となった。部屋からは海が望め、昼は陽が差してあたたかく、夜は星が綺麗に見える。この日の夕食は、出島や近海で獲れた魚介類のフルコース。マグロのユッケ、タコのマリネ、メヒカリの唐揚げ、つぶ貝とハマグリの酒蒸し、いくら丼、ワカメのしゃぶしゃぶ…….。食べきれないほどの海の幸に酔いしれる。

「たとえば都会で仕事に疲れた人が、一度心を落ち着かせたり、頭を切り替えたりしたいとき、ここはいいんじゃないかな。そういう人の話を、自分なら共感しながら聞けると思う」と、佐藤さん。話をしながら、穏やかな女川湾と出島の街は、ゆっくりと藍色の夕闇に包まれていく。この広間の大きな窓から見える風景は、佐藤さんだけでなく、これからも多くの人を魅了して、この場所に足を運ばせるのだろう。

民宿いずしま

宮城県牡鹿郡女川町出島字別当浜2-33

(電話)0225-50-6038

民宿の広間にある大きな窓





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