「生と死」絵の中に描く仙台のアーティスト・金澤弘太さん

仙台を拠点に活動している絵描きの金澤弘太さんが、仙台市青葉区のSENDAI COFFEE STANDで6月17日まで個展を開催している。自身が「生命の象徴」と考える女性像をぼんやりとした風合いのタッチで描く、その独特の絵の世界観に「一目惚れした」という三浦真実通信員が、作品や仙台での創作活動について、金澤さんにインタビューした。

【三浦真実通信員=宮城県仙台市】きれいと思うものには心をぐっとつかまれてしまう。私は初めて絵に一目惚れをした。

アートに詳しいわけではないが絵は好きだ。アトリエに入った瞬間に心臓をぎゅっと掴まれたような思いにかられた。どうやら、この作品は弘太さんという若い絵描きの方が描いているらしい。描かれているのは女性が中心。『静』のときもあれば『動』のときもある。

私が気に入った絵の女の人は、なんだか、赤ちゃんを守ってくれる子宮のような、宇宙の広さのような、温かさを感じる。その表現が合っているかわからない。今では、私の家に友人が訪れると、この絵は誰が描いているの?と尋ねられる事が多く、やっぱり私と同じように、心が惹きつけられる何かが絵の中にあるのだなと思った。

弘太さんに初めてお会いする機会ができたとき、私は「この絵を売ってくれませんか?」と提案したのだった。

この絵は本当に思いつきで描いたもので完成されたものではないんです。いうなら未完成です。それでもいいのでしょうか?本当に殴り書き、そんな感じです。自分自身も絵画ということに関しては未完成な部分が多いですし、自信があるわけではないんですよ。好きで描いている。そんな感じです。

--そうなんですか?とても躍動感とか生命力を感じました。私みたいに絵を知らない人間にも、アトリエに入って来た人に感じさせることができること自体、もうすでに作品として成立していて、アーティストの方の想いが伝わりました。

自分の作品を声にして褒めていただけるのは本当に嬉しいです。

美術館に行くと、さすがに選別されて飾られている作品はそれなりに説得力がある。でも弘太さんの絵にもつい引き込まれてしまう世界観がある。

女性に「生と死」の共存を描く

--まず、どうして女の人の絵が多いのですか?

自分でも描きながら、描いているのはなぜ女性なのか、自分の中に生まれる発想が女性であるのか、謎なんです。想像の中で、ぼやけた世界に居心地の良さを感じるんです。柔らかいタッチは自分の中のぼやけた理想の女性達なのかもしれないですね。女性が被写体に多いのはなぜかはわからないですね。女性は自分にとって、生と死の象徴のような気がします。女性は命を産み落とし、母として育てるから、生命の象徴ですよね、でも、生と死って背中合わせだと思うんですよね。人は誕生したら命を終える日が来るので、生と死は自分にとっては絵を描く中で共存していて、ふたつが居合わせている気がします。

確かに、弘太さんの絵は、命が誕生したときと、命が終えるとき、両方がその絵の中に在るのだ。

「ぼんやりとした世界」を楽しむのも、絵の楽しみ方

--絵のイメージはどこから湧いてくるんでしょう?

小説を読んだり映画を観たりはしないですよ。

--え?それはとても意外です。小説とか映画とかにインスピレーション受けたりするのかなって思ってました。

作品につながるかわからないのですが、ピンホールカメラで撮影すると、はっきりと映らず、ぼんやりと映る。そんな感覚が好きなんです。

--感覚的なところから入るんですね。

現実の世界でもぼやけている方がちょうどいいときがありますよね。見えないほうがいいこともあります。真実を見ることも大事だけど、ぼんやりとした世界を楽しむのも、絵の楽しみ方ではないでしょうか。

--油絵なんですか?白と黒の色合いなのになぜか、絵に陰の分を感じないんですよね。優しい部分にも描き手の方の心情とか、感情とか、静かな絵のときもアクティブな絵の時も柔らかなクールさというか、本当にかっこいいですね。絵が。温もりがありますよね、寒い部屋から、入ってきた時に部屋が暖かくて安心するような。

木にペイントするような画材を利用していて時々油絵も描くけど、油絵ではないんですよね。白と黒をベースに描くのが好きです、ぬくもりも感じてもらえるなら嬉しいです。

生と死の境い目だから美しく、魅力的に思える

--色んな絵がありますが、コンセプトはありますか?

コンセプトはいつも決まっていないんですよ。何が描きたいかも常に決まっているわけではないんですよ。描きたいものを描いているので、まっさらということ自体がコンセプトではないんですけど、思いのままに描いているんです。

--いつもモデルはいるんですか?割とリアリティが反映されてるのかな?と思う絵と、ポップな感じの絵とその対比もまた、描けるのが拝見してて、かっこいい絵だなと純粋に感じます。むしろ絵を見ていると、絵自体が生きている気がしますよね。

誰がモデルということもなく思いつくまま、そのときの感情で描いています。最初のうちは絵の練習で好きな写真の女性を描いていたんです。今も、モデルというものはいないですが、描くときの描き方は、好きな写真が影響しているかもしれません。女性はそのときに思いつくイメージを絵にしています。

--描くときに「生」と「死」を連想していることが多いと言っていましたよね。写真を撮るときに連想するものはありますか?

写真に撮るときも「死」を連想するものが多いんですよ。枯れかけている花を見ると表現したくなる、それは生きているときの華やかな花の姿も知っているから、枯れかけたときのまさに「死」が近づいているときの花が一番美しいと思えるのかもしれません。生と死の境い目だから美しく、魅力的に自分には思えるんです。

感情と理性を両立させたい

--好きな画家はいますか?

グスタフ・クリムトです。やはり、クリムトも描くように女性は生と死の象徴に思うのです。あとはエゴン・シーレですね。

なるほど、描くものは女性が中心で、なおかつ「性」(生ではなく)と「死」に影響を受けている画家のように思われた。ただ絵に感じたのはたとえ、「エロス」や「生死」というテーマで描かれていても、寂しさや、悲しさなどネガティブなイメージはない。

--弘太さんの描く絵が、「儚いけど温かい」「生きている」ような感情が湧いてくるのは、好きな画家さんと通ずるものがあるので理解できました。

今後は男の人ですかね。それも老人とか、歳を重ねた人間を描いてみたいですね。年齢を増して成熟した男性を過ぎ、いろんな人生を駆け抜けて、老後を迎えた人生の終盤の人たち、それも、いい意味で「枯れている」と思うから描いてみたいです。

--確かに、若いときには若いときの、老いたときには老いたときの描きたい人物像ってあるかもしれませんね。すごく良い視点だなと思います。そのときの感情で描いたりすることもあります?

感情で描いた部分は消してしまいますね、赤を使ったこともあります。感情だけでやりたいんですが、感情だけでなく、そのあと冷静になって、理性を持っているところを自覚したとき、人間として、感情と理性を両立させたいって思うんです。

絵は自分の中からしか生まれない

--絵はいつから本格的に始めたんですか?

中一くらいまでは落書き程度、本格的には三年前ですね。写真と絵画、両方やっている人がいて、勧められたのがきっかけです。数年後は絵のタッチとか作風とかも変わるかもしれません。今は自分の表現手段があっていいと思っています。

--カメラ(写真)との違いはありますか?

元々は写真を撮るのが好きだったんですよ。カメラって押せば誰でも撮れるじゃないですか(技術は必要だけど)。機械を通して、あとは加工したりとか技術の力によって表現する部分もあると。自分の撮りたいものを撮ろうとするときに、シャッタースピードを落として撮ったり、ピンホールカメラで撮ったりしてぼやけるように撮っていたことがあって。今度はそれが、ぼやける部分と、はっきりしたコントラストが強い写真が撮りたいと思っていました。

カメラは機械がやってくれているところもあります、写真は現像するという作業があり、自分が創りだしているような気がしなかったんです。でも、絵は、そのまま形になるじゃないですか。絵は自分が撮りたいと思っているもの、例えば生と死の間とか、カメラでは写せないものを自分で描くことができますから。

--確かにそうですよね。カメラは今ある現実を映し出しますけど、わりと絵というのは、残像的なイメージを持ってました。

カメラと絵画のジレンマに悩むこともあったけど、感じていたときに、身近に描いている人からのアドバイスに行き着いたんです。それが三年前です、でもそのうち両立してもいいのかと思うようになりました。今はどちらの良さも好きです。絵は自分で作り上げないといけないです。自分の中からしか生まれない、絵は描く人に似ると思います。

生活と絵が一体化している

--仕事が作品に影響することはありますか?

全く影響ないです(笑)。四六時中、絵のことばかり考えてます。だから恋愛していても、絵に没頭してしまうと失恋します。絵が本当に好きなんですよね。生活と絵が一体化しているんだと思います。

--曲とかが絵になるときもあります?

色んな曲を聴きますね。あまり、こだわりはないです。音楽を聴きながら描くとリラックスできていいんです。気分転換になる時があります。でも、絵を描くまでのエンジンは、ノイズっぽい音の方が絵になりやすいですね。それは創作のエンジンがかかるまでの音楽で、描き始めると無音です。集中してます。

--スランプとかはありますか。例えば描きたくない時とか。

ありますね。頼まれて描くとスランプになります。だけど仕事として、自分も絵描きを職業にしたいから、その壁はなんとか乗り越えました。取材されてみて、改めて、自分の思っていることを言葉にする機会ができて、また自分の新たな一面を見られて楽しかったです。

仙台で絵を描き続けることで、仙台を発信できるようになれば

金澤弘太さんのアトリエにて

--東京ではなく、仙台で活動している、ということにこだわりというか、考え方ってありますか?

東京も好きです。刺激もたくさんありますし、ファッションもアートも文化が目まぐるしく、情報もたくさんありますし。だけど、仙台にいるといい意味で雑音がないんです。

--雑音ですか?

はい。適度に都会で、東京からもそう遠いわけではなくていい。それでいて適度に独特のカルチャーがあると思います。仙台で活動しながら、東京とか世界に発信している影響力のある人もいて。僕も仙台で絵を描き続けることで、仙台を発信できるようになったらいいなと思います。

--確かにそうですね。東京の影響を受けながらも独特のカルチャーとか空気がありますよね。なるほど、ありがとうございました。

私は、『絵』に一目惚れしたのは初めてだ。『絵』を買ったのも初めてだった。仙台に、こんなかっこいい絵を描ける人がいる。かっこよくもあり、それはクールなだけじゃなく、すごく芸術的で美しい作品もあり。ものすごく幅のある、器用な作家さんがいた。

私が連れて帰って来た女性の絵は自宅のリビングに。なんだか、居るだけで温かくて、毎朝、「おはよう」を言いたくなるのだ。

*金澤弘太さん個展は6月17日まで、SENDAI COFFEE STANDで(ワンドリンクオーダー制)10時〜19時。宮城県仙台市青葉区国分町1-3-12。

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