【文・写真/佐々木佳通信員=宮城県丸森町】そこはとにかくボロボロで、湿っぽく、ちょっと涼しい。宮城県の最南端、丸森町耕野(こうや)地区に5月26日、廃墟型商業施設と銘打った新スポット「もりや」がオープンする。打ち捨てられ風雨にさらされていた廃屋に、なるべく手をかけず、仮に室内でコケが生い茂っていたとしても気にせずに、ありのままの姿で来訪者を出迎える。そんな生ける廃墟の主はクリエイティブな2人の男女。「ライバルは某大型ショッピングモールです」と大真面目に語る、その真意とは―。




足を踏み入れると広がる「個性的な廃墟」

「もりや」は仙台市から車で約1時間半、福島との県境に続く狭い国道をさらに狭い道へと曲がり、しばらくすると左手に見えてくる。深い緑に囲まれ、目の前には澄み切った沢が流れる。トタン張りの壁には一見すると穴こそ空いていないが、中からはなぜかツバメの声。そして一歩足を踏み入れると広がるのは、コケやシダがもっさりと生い茂り、冷気も感じる土間。学校の教室を思わせる黒板と、高い天井から下がる不釣り合いに洒落たシャンデリアも目を引く。かなり個性的な廃墟だ。

正面には黒板があり、学校の教室のようだが、室内に緑のコケやシダの生い茂る教室はなかなか無いだろう。

もりやを開くのは、同地区で生まれ育ち「山と谷」名義で活動する木工作家、谷津正昭さん(37)と、隣の角田市出身で文字などの創作活動を展開する泖(りゅう)さん(26)。個展で作品をコラボレーションさせるなどしている2人は、このただならぬ空間に魅せられ、作品の制作、発表、そして販売の場としての活用を決めた。なお、元々床はあったらしいが、腐っていたので剥がしてしまい「床を張るのが面倒くさい、いや、あえて作り込まない良さもある」と土間のままにしていたところ、いつの間にか緑に覆われていた。

谷津さんによれば、築年数不詳のこの建物はもともと養蚕の施設だった。10数年前まで集会所として使われた後は、仙台市からの移住者「もりやさん」が倉庫として使っていたという。もりやさんは耕野の自然を愛し、地区の住民とも積極的に交流していたが、7年前の原発事故で地区が影響を受けた際、県外への転居を決めた。以来放置されていたが、今回、もりやさんと親交のあった谷津さんが新たな命を吹き込むこととなった。もりやさんも「地区の人に名前を覚えていてほしい」と、名前の使用を快諾したという。

打ち捨てられていた姿のままで新たな命が吹き込まれる「もりや」の全貌。

「クリエイティブが止まらねえ!」 “生ける廃墟”から膨らむ夢

(左)自作の腰掛けを手に「不便なところでも人を呼べるモノを作りたい」と意気込む谷津正昭さん (右)「クリエイティブが止まらねえ!」と、新たな拠点での創作活動に胸を躍らせる泖さん

谷津さんは自作の腰掛けなど、泖さんは文字やイラストで表現した作品などを展示、販売するほか、もりやオリジナルグッズも準備している。谷津さんは「ここでは自分を武装せず、気負わずに表現できる。不便でボロボロな場所だけれど、それでも人を呼べるモノを作りたい。古新聞に包まれたブランド品、みたいな?」と意気込む。一方の泖さんは「クリエイティブが止まらねえ!」と湧き上がる創作意欲を表現し「手に取る人の感じるままに、ありのままに作品を楽しんでほしい」と願う。

2人によって新たな命を吹き込まれたもりやは、どこへ向かうのか。谷津さんは「自分たちだけじゃなくて、いろいろな作家さんや作品、面白そうなモノが何でもそろう。例えば大型ショッピングモールに行かなくても、ここに来ればなんだか楽しい、そんな空間にしたい」、泖さんは「いろいろな人と一緒にものづくりを楽しむワークショップも開ければ。ゆくゆくは、みんなで手を取り合ってマイムマイムを踊りたいんです」と、小さな集落の小さな「生ける廃墟」から夢を膨らませる。

「生ける廃墟」から夢を膨らませる二人

宮城県丸森町耕野字火名13の2
営業時間:毎月第2、4土曜日10~15時

佐々木佳通信員岩手県で地方紙の記者をしていましたが、いろいろあって出身地の仙台市で再スタートを模索中です。宮城や岩手はもちろん、東北のいろいろな場所に出かけて話題を発掘したいと思います。
主な取材エリア:仙台市近郊、宮城県南部   執筆記事一覧





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