【若栁誉美=仙台市】短文投稿サイト「ツイッター」に、非公式で地域を応援するアカウントが存在する。「◯◯においでよ」(◯◯には地名が入る)の名称で地元の情報を発信しており、東北六県の県名を冠したアカウントから「釜石」「弘前」のような市町村単位まで多岐に渡る。

 その「おいでよアカウント」の中でも、1万9000人以上のフォロワー(閲覧者)を持ち、ツイッター上で抜群の影響力を誇る「おいでよ宮城」さん(以下、おい宮さん)。この春、東京へ戻ることを発表していることを受け、TOHOKU360は「おい宮さん」に直撃取材。宮城を発信し続ける思いを聞いた。

フォロワー数1万9千人を超える「おいでよ宮城」のツイッターアカウント



自分が一番「宮城においでよ」に影響を受けた

 おい宮さんがツイッターで「おいでよ宮城」のアカウントを始めたのは、4年前の2013年。「自分の故郷である宮城に興味を持ってもらいたい、言葉や文化を知ってもらいたい、との思いがきっかけでした」。

 当時は東京在住だった、おい宮さん。それまでは年に1回、母校の野球定期戦で帰ってくるだけだったというが、「おいでよ宮城を始めてから、帰省する回数が増えた。自分が一番、『宮城においでよ』のツイートやアカウントの影響を受けて宮城に来ていると思う」と、笑う。

 ツイッターのプロフィール写真は、2001年宮城国体のキャラクター「ケヤッキー」。国体後、会場だった場所にひっそりと像が残っている程度の認知度の低いキャラクターだったが、「愛嬌のある顔立ちなのに、使われないのはもったいない。これを見たら『ああ、あんなのいたよね!』と、宮城を思い出してもらえるような、懐かしいキャラクターにしたいと思ったんです」と、選んだ理由を明かす。その結果、今やケヤッキーを知らない若い世代にも認知度が高まり、いつのまにか「ケヤッキーと言えば、おい宮さん」とも言われるようになった。

ツイッターでは地元の情報や時事ネタなどを交えながら、ひたすら「宮城においでよ」と発信し続ける

おいでよ宮城さんは伊達武将隊の「あの人」だった

 当初は東京から宮城を発信していたおい宮さんだったが、将来的に叶えたい夢があり、そのために「観光に関わる仕事に携わりたい」と思ったという。「観光に関わる仕事に携わりたい」「宮城で仕事をしたい」 と思ったとき、2つを満たす職業があった。仙台城跡を拠点に、仙台の魅力と歴史を伝えている「奥州・仙台おもてなし集団伊達武将隊」だ。舞台や演劇の経験は少なかったが、メンバーとして採用されたおい宮さんは宮城県に戻り、この2年間、伊達武将隊のメンバー・真田左衛門佐信繁としても、宮城の観光PRで「宮城においでよ」をしていたのだ。

仙台市内で取材に応じた「おいでよ宮城」さん(若栁誉美撮影)

「おい宮カレー」「おい宮クーポン」…その影響力はインターネットを超えた

 故郷の宮城県に帰り、本業では伊達武将隊の一員として宮城県の観光PRを続ける傍ら、ツイッターでも宮城の情報を発信し続けたおい宮さん。ユーモアを交えながら地域の情報を発信するツイッターアカウントは一躍人気となり、いつしかインターネットにとどまらない大きな影響力を持つようになった。

 仙台市内の3つの飲食店では、お店に「おい宮を見た」「宮城においでよ」と伝えると、料理一品をサービスしてくれる「おい宮クーポン」が誕生。仙台市太白区の「Curry Spot -sai-では、常連だったおい宮さんがツイートでカレーを紹介したところ、それを見た多くのフォロワーが訪れ、いつしか「おい宮カレー」と呼ばれるように。同店は今や検索サイトで「おい宮カレー」で検索きるまでになっている




春からは「外から見た宮城を、ありのままに伝えたい」

 4月からは東京へ戻り、「前に東京にいた頃に、やろうと思っていた職業に就きます」と言うおい宮さん。

 「宮城で過ごしたこの2年、本当に楽しかった。どんなきっかけでも、宮城に来た方々、おいでよ宮城のツイートが宮城に来るきっかけになった方々、みんなが同じように楽しんでもらえたら、それが一番いいことだと思います。私は宮城に来て、本当によかった

 今後も「おいでよ宮城」のツイッター活動は続けて行くとのこと。アカウント開設当初のように、「外から見た宮城の姿」をありのままに伝えていくつもりだ。

おい宮さんと、ツイッターアイコンの「ケヤッキー」の共演(おい宮さん撮影)



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