「挑戦のいで湯」秋田県湯沢市・小安峡 Story1  佐々木辰巳さん(食堂「吉右ヱ門」)

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【PR記事】秋田県湯沢市の南東部、小安峡には深い渓谷に沿って大小10軒ほどの温泉宿が立ち並ぶ。約400年の歴史を有し、古くは湯治場として栄え、交通網の整備が進んだ昭和以降は県内外にその名を知られる温泉地として発展してきた。佐々木辰巳さん(67)は、温泉街で食堂「吉右ヱ門」を営みながら、約30年間、このいで湯で一人、源泉を守り継いできた。

小安峡で生まれ、食堂を開いて以来約30年、温泉街の盛衰を見つめてきた佐々木さんは、地域の課題に悩みながらも、この地に生きる者だからこそ知る小安峡の魅力を生き生きと語る。日々、源泉を守りながら期待するのは、地域の可能性を引き出し、次の時代へと伝統と魅力をつなぐ「挑戦」の動き。「挑戦のいで湯」として、小安峡は新たな一歩を踏み出そうとしている。

一人、湯守の責任を果たす

 「今朝は97度。いつも通りだな」

 佐々木さんは、市から委託を受けて2日に1度、地区に3ヶ所ある源泉と、源泉からそれぞれの旅館や家庭にお湯を分ける施設を管理する仕事を担っている。冷たい雨の降る日も深い雪で覆われる真冬も、お湯の温度や水かさ、お湯を汲み上げる機械の調子などを丹念に見極める。

 特に、お湯を分ける水槽の水かさを測るのにはコツがあるらしく、いつも決まった場所に物差しを入れる。「湯が足りねぇって文句言われた時のためにね、他の人でも測れるようにいつも物差しを置いてあるの。それで測ってもらうと、だいたいあっちの問題(お湯を受ける側のパイプ詰まりなど)だって分かんだ」と笑う。

 現在、定期的に源泉の見回りをしているのは佐々木さんただ一人。いわば、約400年の歴史を有し、先人が受け継いできた小安峡の湯を守る存在、『湯守』なのである。「他にやる人、いねぇんだ」とつぶやく姿には、寂しさというよりは誇らしさがにじみ出る。

変わりゆく温泉街の明るい兆し

 佐々木さんは小安で木材加工業を営む家に生まれた。首都圏で働いていたが、1985年に帰郷。妻の咲子さんとともに食堂「吉右ヱ門」を開いた。

 90年代初頭までの小安峡は、景気の追い風もあり、一大観光地として賑わっていた。スキー場も開業し、一年を通じて大勢の観光客が温泉街を行き交った。佐々木さんが湯守の仕事を始めたのも、温泉街の華やかな頃だった。あれから約30年。小安峡は紅葉シーズンなど一部の時季を除けば、ひっそりとしている。「あの時のお客さん、どこに行ったんだかな…」と、佐々木さんは静かに遠くを見つめる。

 それでも佐々木さんは、現在の小安峡に一筋の明るい兆しを感じているという。例えば、近年整備が進んだトレッキングコースには若い女性客の姿も目立つようになった。紅葉シーズンには日本人だけでなく、東南アジアをはじめとした海外からの観光客が大勢訪れるようになった。吉右ヱ門でも、多くの外国人観光客がご飯を食べていった。「お客さんの流れは変わってきている。対応していかないと、来ていただいて申し訳ないからね」と語る。変わりゆく需要にいかに対応し、何度も訪れてもらえる観光地として再生できるかが、今後の鍵となると佐々木さんは考えている。そのために必要なのは「すでにある魅力」と「外からの感覚」だという。

すでにある魅力と外からの感覚の双方を生かした地域の将来を見据える佐々木さん

内なる魅力と外からの感覚

 すでにある魅力について、小安峡は確かなものを持っている。紅葉をはじめとした自然美は国内外の人々を魅了する。高さ約60メートルの断崖の下から白煙が吹き上がる「大噴湯」は通称「地獄釜」と呼ばれる観光のハイライトだ。何よりも、佐々木さんの守り続けている温泉である。源泉は地域のアイデンティティでもあると話す佐々木さんは「小安の人はね、ヨソ行っても風呂さ入らねんだよ。『自分ちの風呂が一番だ』ってね」と笑う。

 その佐々木さんが小安峡を最も愛おしく思うのは、春の芽吹きの頃である。冬季閉鎖の解かれた峠道を宮城県側から運転し、峠を越えて小安に入ると不意に、「新緑の匂い」がするという。「青くさいっていうか、何とも言えない匂い。これをかぐと、家さ帰ってきたなあ、これから忙しい季節になるなあって思えるんだ」と、春の喜びを語る。「新しいモノを作る必要は無い。今ある魅力を活かすだけで良いと思うんだ」。

 では「外からの感覚」に期待することとは何か。それは「挑戦」である。郷土愛の強い人々が多い小安峡だが、佐々木さんによると、観光客を対象にした仕事をする人が多いため休みが合いにくい、などの背景から、地域全体でまとまって話し合うことは少ないという。そのため、改めて地域の魅力や課題を考える機会があまりなかった。

 佐々木さんは「小安に長くいる人たちだけで見ては、何がいいのか悪いのか分からなくなってくる。だって、大噴湯なんて何とも思ったことないもの」と笑いつつ、自らも一度都会に出た経験を踏まえて語る。「他の所をずっと見てきた感覚は、貴重なんだ。小安の何がいいのか、自分の感覚で見つけてほしい。地域に入って、失敗するかもしれないけれど『じゃあ次はどうしようか』って考えながら進む。そんな人に来てほしいね」。

小安峡では、今日もあちらこちらで白い湯けむりがたなびく。佐々木さんが日々懸命に守ってきた温泉街の象徴は、あたかも、再起を誓う小安峡の新たな一歩を誓う狼煙のように、力強く立ち上る。そして今、佐々木さんの思いに呼応するように、若い力が地域の可能性を引き出す「種まき」を始めている。


(提供:湯沢市)

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