編集長・安藤歩美  (Ayumi ANDO)
1987年、千葉県木更津市生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒、東京大学公共政策大学院修了(公共政策学修士)。全国紙記者として宮城県で東日本大震災後の被災地の報道を担当。2015年独立し、東北発・全国ニュースを配信するメディアTHE EAST TIMES設立。ニュースサイトTHE PAGEであの日、何が流されたのか 東日本大震災と「イエ」カメラが去ったあと 被災地の今などを連載するほか、国内政策や経済、国際問題まで幅広く記事を執筆。360°VR動画ニュースの撮影・編集・制作も手がけており、媒体にとらわれないマルチメディアな表現の可能性を追求している。

 

中野宏一(Koichi NAKANO)
1984年、秋田県湯沢市生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了(専門は外交政策・メディアと政治)。東京の全国紙編集部で3年間校閲業務に従事した後、ITベンチャー企業に入社。2013年参院選Twitter1800万件「世論」の分析など、SNSや「拡散」の専門家として民間企業、マスメディア、政党に対して分析・助言をおこなう。2015年、安藤歩美とともにTHE EAST TIMES設立。TOHOKU360では取材執筆のほか、全記事の校閲を担当。記者としてニュースサイトTHE PAGEで政治・社会・経済・国際・IT・エンタメなど幅広く記事を執筆している。THE PAGEの記事はこちら

 

佐藤和文(Kazufumi SATO)
1951年生まれ。仙台市出身。東北大学法学部卒。一般社団法人「メディアプロジェクト仙台」代表。「東北」を報道理念に掲げる河北新報の記者・編集者として20年間過ごした。仙台本社以外では、青森県三沢市、東京、宮城県古川市(現大崎市)の支局取材を担当した後、後半の20年はインターネット分野の責任者に。メディア局長としてデジタル戦略を立案、地方に由来するメディアのウェブ報道の在り方やSNS、ブログツイッター、などソーシャルメディアの活用に取り組んだ。2011年3月11日に発生した東日本大震災のウェブ報道を指揮。2014年に「メディアプロジェクト仙台」を設立。公式ブログ「Web日誌2.0」は河北新報時代のウェブコラム「Web日誌」の名称を引き継いでいる。http://www.media-project-sendai.com/

 

佐瀬雅行(Masayuki SASE)
1955年、宮城県塩釜市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。縄文人、蝦夷(えみし)の末裔と自覚している。ロバート・キャパ、沢田教一、石川文洋の写真に触れて報道写真を志す。地方紙の写真記者として、30年以上にわたって東北各地を取材してきた。2014年からフリーで活動。東北地方にこだわり、風土や信仰などを主なテーマとして撮影を続けている。好きな写真家は土門拳、木村伊兵衛、東松照明、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ロベール・ドワノーと数えきれない。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。

 

漆田義孝(Yoshitaka URUSHIDA)
1983年、青森県階上町生まれ。東北大学文学部卒(ヨーロッパ史専修)、卒業論文のテーマは「活版印刷と宗教改革」。同期の多くが東北を離れる中、仙台の人材会社に就職し、仙台で東日本大震災を経験する。「3.11キヲクのキロク」への写真提供などを通じ情報の記録・発信への関心を強め独立、NPO法人メディアージ代表代行として政治・音楽など様々な情報を地域とひも付けて発信するインターネット動画番組の制作や、映像中継、撮影・編集を担う。

 

 山田恵介(Keisuke YAMADA)
1984年生まれ。埼玉県出身。立教大学法学部法学科卒。2008年テレビユー山形(TBS系のテレビ局)でアナウンサー兼記者として、県警及び司法記者クラブに所属し、事件や裁判報道を中心に取材。スポーツ実況や食リポ、お天気コーナー、衆院選、県知事選など幅広く担当。2012年サンケイリビング新聞社で広告営業、2014年インテグレート(PR系コンサルティング会社)でPRプランナーとして、広告とPRの双方から、日本企業のマーケティング活動をプランニング。2015年から都内出版社にて用語事典の編集に携わる。

 

土井敏秀(Toshihide DOI)
物書き。1949年、仙台市生まれ。大学を卒業するまで24年、同じく24年で新聞記者をやめた。さて、次の24年は?で、秋田県男鹿半島の加茂青砂集落という、地縁血縁の全くない海辺のムラに移住。近くの民宿のおばさんに「あぁ流行系ね」と瞬時に片づけられた、自給自足生活を目論んで「半農半漁見習い」を名乗る。あれから18年。小舟を高波にさらわれ、せっかく覚えた素潜り漁も、今や年に1〜2回。借りた畑は雑草との戦いに敗れて耕作放棄地に。家の裏の狭い畑も「自然農法」の言い訳付きで、野菜が雑草の間から見え隠れしている。残ったのは細々ながら続けてきた「書くこと」なのだが、24年の残りはあと6年だぞ!と自らに奮起を促している。ほんとかな……。