双葉地域の医療崩壊危機

福島県保健福祉部が2017年12月まとめた「福島県地域医療構想」p.98より引用(https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045c/iryou-kousou.html)
福島県保健福祉部が2017年12月まとめた「福島県地域医療構想」p.98より引用

 福島第一原発事故後、広範囲が避難指示の対象になった双葉郡(葛尾村、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、川内村、楢葉町、広野町の8町村)。この地域には震災前6つの病院があったが、高野病院を除く5つの病院は震災後、閉鎖されたままだ。高野病院は患者を動かせば容体が危険になると判断し、原発事故当時もこの場所で医療を継続。尾崎医師らによると、高野病院は原発事故後に経営が悪化するも、院長自身の人件費を削り、内部留保を切り崩すことで辛うじて運営を続けている状態だった。

 広野町は原発事故後に町が避難指示を出し、2012年3月に町が避難指示を解除した。震災前の約5500人の人口のうち、帰還した住民は約2900人にとどまっているが、その一方で3000人ほどの原発作業員や除染作業員が滞在していると推計されている。震災後は作業員の夜間救急が急増し、高野病院は作業員の医療を支える拠点としても重要な機能を担ってきた。

 医療需要は広野町にとどまらない。2015年に避難指示が解除された楢葉町は、約800人が帰還。双葉地域においては今年浪江町や富岡町などの帰還困難区域を除く地域で避難指示が解除される見通しだが、入院機能を持つ病院はいまだ高野病院しかない。高野病院がなければ、入院患者はいわき市の病院に行くか、60キロ北上して南相馬市の病院に行くしかない。

 尾崎医師は「住民の皆さんにとって、高野病院があるから、というのは(帰還理由として)大きい。入院患者の家族にとっても、自分の街に病院があればお見舞いに行けるが、いわきや南相馬になると非常に遠く、交通網の未整備もあり、行けなくなってしまうだろう。患者も救急搬送の際にそれらの病院に搬送されたら、帰る足もない状況にもなりうる」と警鐘を鳴らす。

次ページ:問題は「人材」と「資金」




Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です