【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=東京】30回目の記念の年を迎えた東京国際映画祭が、10月25日から11月3日まで、TOHOシネマズ六本木ヒルズを主会場に開催されています。今年は、アジアの若手監督が作品を競う、アジアの未来部門を中心にレポートする予定で、映画祭開催直前にプログラミング・ディレクターの石坂健治さんにお話をうかがってきました。


ワールド・プレミアが充実

石坂健治ディレクター(10月20日六本木ヒルズの東京国際映画祭事務局にて)

―ニュー・カレンツの方が本数が多かったのでは?
石坂:前は12本くらいでした。TIFFがアジアの未来を始めてから、向こうもハードルをあげ、ワールド・プレミアにこだわるようになって、こっちもそれなら、ということで、おかげさまでワールド・プレミアを出してくださる方が増えてきたな、と感慨にふけっていたところです。10本中8本がワールド・プレミアだと、作り手たちがお披露目で力を入れてくるので、ゲストの数が多くなって、華やかになる分、マンパワー的なことも、こっちがかなりきっちりしなければいけない。

―やってくる人が増えると受け入れる側は大変ですね。
石坂:アジアの未来がこれだけプレミア度が高くなり、鮮度がよくなってくると、今後の課題でもあります。みんな授賞式まで残っていたいし、レッド・カーペットも歩きたい。

―人数が増えると、こっちの人手もいるし、お金もかかるということですね。
石坂:嬉しい悲鳴です。

―プサンは最近運営面でいろいろありましたが、ニュー・カレンツ以外のアジア映画は?
石坂:アジアの未来はようやくニュー・カレンツと拮抗するくらいになったかな、と思いますが、もう一方のパノラマ的な、TIFFではワールド・フォーカス、プサンではアジアの窓と呼ばれる部門は60本もあるので、ここはもういかんともしがたい。今年ワールド・フォーカスの中のアジア映画は14本ですから。

ツー・トップが圧倒的なフィリピン

―去年から今年にかけての新発見というか、これはいいという国や人は、ありました?
石坂:相変わらずフィリピンが頭一つ抜けている感じです。ツー・トップのメンドーサとラヴ・ディアスが今年日本で商業公開されましたが、あの二人が三大映画祭をほぼ独占しているんで、若手にとってTIFFは、かなり狙い目なんです。プサンもそうなんでしょうけど。なので、応募の数は相当多いです。特にフィリピンは若手を対象にした映画祭の数も多いし、去年、TIFFでフィリピン映画2本、『ダイ・ビューティフル』と『バード・ショット』が受賞したことも効いているみたいで、フィリピンはツー・トップの圧倒的な存在感と、TIFFで若手が賞をとったことが大きい。

―頭一つ抜けているフィリピンを追う国とは?
石坂:インドは、ロッテルダムで賞をとった『セクシー・ドゥルガ』がワールド・フォーカスに出ていますが、90分の不条理劇で、ちゃんとできているアート系の作品です。

―中国は?
石坂:中国は中間層がふくらんできています。インディーズで反体制なものが今は厳しくなっていますが、国が豊かになってくると中間層がふくらんできて、ちゃんと国の許可もとるけど、結構とんがった内容のものもチラホラ出てきています。ベルリンのコンペに出た『ハヴ・ア・ナイス・デイ』という、北野武とジャ・ジャンクーを足して2で割ったようなアニメの実写ではできないような残酷描写とか。アジアの未来では『老いた野獣』というのも荒くれ親父の話です。


アイデンティティの模索に変化

―石坂さんお薦めの内モンゴル映画ですね。『老いた野獣』の話が出たところで、今年の見どころなど。
石坂:ワールド・プレミア8本というのがあるんですが、意外と原住民ものとか、LGBTQとか、マイノリティを扱った映画が多いですね。

―問題意識がマイノリティに向いているということ?
石坂:もっと広く見ると、非常にパーソナルな、家族とか、親子とか、自分自身とか、そういうテーマが多いです。今年選んだものだけでなく、機材がデジタルに変わったということを反映しているように思うんですが、昔は主人公がある階級や階層を代表しているみたいな映画が多かったけれど、そういうところまで行かない。

―階級というものが世の中からなくなってきて、ジェンダーならジェンダー、女性問題なら女性問題というように、階級ではなく、別の分け方になっている。
石坂:どちらにしろ、アイデンティティの模索という意味では昔からあるけれど、アイデンティティの在処が、ジェンダーの中の揺れ動きとか、ナショナリティーとか、少数民族なら少数民族とかで、労働者階級とかの区分けじゃない。

―なるほど。
石坂:依然として貧困の問題はある。

―でも貧困イコール労働者階級にはならない。
石坂:なりませんね。アイデンティティの模索の描かれ方が今っぽいというか、変わってきたなという感じはします。それはもう全体として。例えば、この『アリフ・ザ・プリン(セ)ス』などはその象徴で、LGBTと原住民のテーマがダブルで出てきて、いずれのカテゴリーにおいても揺らいでいる。主人公は男だけれど女になりたいと思っているが、村に帰ると族長の息子なのですごく男性優位の世界が待っている。その間で主人公はどっちをとるんだろうかということで最後まで引っ張っていく。このスチル写真が象徴しているけど、部族の衣装で口紅をつけているでしょう。この映画は去年の『ダイ・ビューティフル』あたりからもう1歩進んだというか、もう1つ複雑になっています。原住民を描いた映画は、もう1本『殺人の権利』というのがあって、これはフィリピンのシナグ・マニラという映画祭でほとんどの賞をとった作品です。ミンダナオの原住民が暮らしている中に、テロリスト捜しだと言って軍隊が入ってきて、共同体が壊れていくというもので、これもすごくアクチュアルなテロの話と、マイノリティがどう生きるかという問題が絡んでくる。

―この作品はグランプリを獲っていますが、アジアの未来には出品できるんですね。
石坂:フィリピン国内の映画祭なので、インターナショナル・プレミアになるからOKなんです。
この『人生なき人生』というのはイラン映画なんですが、イラン映画はここ最近ファルハディ症候群というか、室内での家族の口論とか、どろどろが露わになるみたいな作品が多いんです。

大島渚的な『ポーカーの果てに』

―キアロスタミが出てきたときは子供の映画が多かったですね。
石坂:でも、キアロスタミは風景に語らせるみたいなところがありましたが、それが今まったくなくなっている。でも、この映画はそういう方。父親が死ぬまでに息子とどう和解するかという話で、雄大な風景も出てくる。

―『ポーカーの果てに』というディスカッション・ドラマは?
石坂:これはむしろ大島渚的なんです(笑)。室内のディスカッション・ドラマはこの『ポーカーの果てに』と、『ある肖像画』も、そういえばそうです。

―『ある肖像画』はミュージカルですね。
石坂:スペイン風のオペラというか、サルスエラというか。フィリピンは本当にミュージカルのレベルが高くて、昔、交流基金にいたときにフィリピン・ミュージカルを1回やっているんだけど、そんな感じが久々に蘇った作品です。ヒロインはロンドン版のキャッツの主役で、世界中を飛び回っているんで、東京には来られないんです。

『ポーカーの果てに』は室内ディスカッション・ドラマで、ポーカーをやっている中にいろんな立場の人がいて、外ではデモの声がしている。逃げてくる人がいて、で、中の人の立場の違いが、ポーカーをしながらどんどん露わになっていく。『日本の夜と霧』的なディスカッション・ドラマが好きなので(笑)。

―あの頃はみんな理屈っぽかったですよね。『ビオスコープおじさん』はインド映画ですが。
石坂:インド映画ですが、インドとアフガニスタンが両方出てきます。アフガニスタンの人がインドでのぞきからくりというか、紙芝居屋みたいなことをやっている。それを見ていた女の子が大きくなってアフガニスタンに訪ねていく、みたいな。

―監督はインドの人?
石坂:そうです。

―タイの『現れた男』は?
石坂:小説家が監督した映画が今年2本あって、1本は台湾の『あの頃、君を追いかけた』のギデンズ・コーが、ホラーを撮ったという、台湾電影ルネッサンスの『怪怪怪怪物!』。ギデンズはどちらかというと軽いエンタメ系の小説家ですが、『現れた男』のプラープダー・ユンは、タイの村上春樹と言われたり、次期ノーベル賞候補と言われたり、日本だと思想系の雑誌でよく対談をやっているような小説家です。この映画も室内劇で、男と女の不条理劇です。どちらかというとシュールな話ですが、作家が作っているので、非常に緻密な脚本です。彼はアピチャッポンやペンエーグとも仲がよく、彼らの仲間みたいな人なので、ポスト・アピチャッポンというか、作家だから映画監督に専念するとは思わないけど、注目の人です。

―中国の『ソウル・イン』は?
石坂:これはプロデューサーがフランス人で、去年の内モンゴルのシネフィル系中国映画、つまり、どこかで映画史をきちっと勉強しているみたいな系譜の映画で、美学的に優れています。


家族の背後に国家、民族

―今年の日本映画ですが。
石坂:これまでは横浜聡子や杉野希姫といった若手の女性監督が多かったんですが、今年はミャンマーとの合作です。

―監督の藤元明緒さんは若い方ですか?
石坂:若いです。ミャンマーという国が開いてきたということの象徴的な作品で、日本に住んでいたミャンマー人の一家が向こうに戻って、子供が学校になじめるかというもので、等身大の人と家族の話の背後に国家とか民族とかいうもの見えてくる。これは売りだなと思っています。

―審査員は?
石坂:行定勲さん、韓国のプロデューサー、オ・ジョンワンさん、サン・セバスチャン国際映画祭のディレクター、ホセ=ルイス・レボルディノスさんです。オ・ジョンワンさんはまだ若いけど、ホン・サンスの『浜辺の女』などを手がけた女性です。行定さんは本当にアジア映画をよく見ていますし。

―そして、台湾電影ルネッサンスとクロスカット・アジアがある。
石坂:今年のクロスカット・アジアは、いわばカルト・ブランシュ(白紙委任状)です。条件としては、あなたの国の自分より年下の監督の作品を推薦してもらいました。やっぱり巨匠たちは、若手を育てるということにすごく熱心ですね。

―今年初めての試みですけど、来年も続くんですか?
石坂:まだ考えてません(笑)。東南アジア限定だと巨匠が選ぶと言っても限界があるじゃないですか。ただ、発想としては面白いので、何らかの形で続けられればと。
各国でデジタル・リストアが進んでいるんで、今年も3本やりますが、これからもどんどん出てくると、面白くなってくるんじゃないでしょうか。

―『カカバカバ・カ・バ?』とか。
石坂:昔、私がフィリピン映画祭をやったときに、フィルム版をやっているんです。これはミュージカルです。『メイド・イン・ホンコン』が20年ぶり、『超級大國民』もTIFFの95年にやったきりなんです。『超級大國民』は『悲情城市』と『クーリンチェ少年殺人事件』の間の話で、ワン・レンさんはこの後映画を作らなくなったし、今回はご本人が来るし、再発見というか再評価されるといいと思います。

―この映画は賞をとらなかったんでしたっけ?
石坂:とらなかったんです。

―今は『クーリンチェ』のデジタル・リマスターが公開された後なので。
石坂:いい流れだと思います。台湾ニューシネマ第三の男というか、侯孝賢と、エドワード・ヤンだけじゃない、と。

―確かに今の方が映画の良さがしみじみよく分かるかもしれませんね。そういう意味では『メイド・イン・ホンコン』も、『十年』と合わせて見ると、今の方が見えてくるものがあるかもしれない。
石坂:あの映画は変換の年でしたから。フルーツ・チャンは来ないんですが、配給がついているので、映画館で公開されます。

―<アジア三面鏡>はどうなっていますか?
石坂:第二弾は日本の松永大司、インドネシアのエドウィン、中国のデグナーの3名で、今、製作が始まったところです。3本中2本は脚本があがって、デグナーはもう撮影が終わりました。後の2人は3月に撮ります。

―1本目に比べると監督の知名度が落ちますね。
石坂:若手にシフトしようということです。1本目はどうしても巨匠を入れたいということがあったけど。逆に、今回は3人でよく話し合っています。

―今回の方が上手くいく?
石坂:それは分かりません。ただ、まったく違うものにはなると思います。


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