日本の高校を辞めてニュージーランドの高校生に

色川:その後、ここからが実は面白いんですよね。ニュージーランドに着いた後の法華さんからメールをもらって、なんかすごい子だなぁと純粋にまず思いました。ひとりで行くなんて面白いなぁとも思いましたし。で、そのままあと3週間いる予定が、どうなったんでしたっけ?

吉澤:3週間の予定だったんですけど、行ってみたら、日本の高校よりニュージーランドの高校の方が楽しいなあってことで、そのまま日本の高校を辞めて、向こうの学校に入学しました。

色川:これがほんとに僕としては面白くてですねぇ。ま、人生には色んな選択肢があって、これまでの僕らの先輩たちが作ってきた生き方みたいなのがやっぱりあると思うんですけど、それがあるにもかかわらず、自らの勇気と覚悟、意志をもって、新たな道を自分で歩み出したという、この法華さんの何て言うんですかね、ファイター精神がカッコイイなぁと僕は思って聞いていたんですけれども、そこに至る決断とか、やっぱり純粋に楽しかったというのが一番なんですかね?

吉澤:はい、そうですね。あともともと実はすごい勉強が嫌いで、日本の高校って勉強する教科数がすごく多いじゃないですか。でも向こうの学校って、英語は絶対とらなきゃいけないんですけど、それ以外は自分の興味のある授業を全部選択できる。例えば、日本だったら国語、数学、社会、科学とか、そうゆう勉強勉強みたいな感じじゃないですか。でも向こうは、チャイルドケアとか、保育士になりたい人だったらそういうのを勉強できるし、ホスピタリティとかツアリズムとか、そういう自分のやりたいことができる、そっちの方が楽しいっていう…。ま、勉強から逃げたっていうと言い方悪いですけど、実際それもちょっとあります(笑)

色川:いずれにしてもですね、自分の生き方、自分らしさをその年齢で選択していること自体すごいことだと思いますし、好きなことを選択すると、僕もそうなんですけど、それだけ辛いこととかキツイことも必ずあるとは思うんですよね。で、3週間のあと、法華さんは家に帰ることなく、そこから約1年半高校生活を終えて、卒業して、今落ち着いて帰って来てという状態だと思うんですが、もちろん自分で言い出した以上は、逃げられないというか、そういうこともあったと思うんですけど、どうでしたか?

吉澤:はい、でも1年半そのままではなくて、実際大きな休みがちょくちょくあって、全く帰ってこなかったわけではないので、あまりホームシックにはならなかったです。

色川:ホームシックにならないっていうことは、現地での生活がそれだけ充実していた、楽しかったってことでもあると思うんですけれども、自分で言ってやってしまった以上逃げられないってこととか、好きなことを選択すると、辛いことも必ずあるじゃないですか、やっていくために。そういうのはなかったですか?

吉澤:まずニュージーランドに行くって決めた後、英語を全然喋れない状態で行ったので、一番はやっぱりコミュニケーションに困って、人が何を言っているのかわかっても、自分が思っていることを相手に伝えるのがすごい難しくて、聞くことはできても話すことはできないという状態が結構長く続いて、それが一番辛かったです。

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