【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=フランス・カンヌ】第71回カンヌ国際映画祭が7日夜、オープニング作品『エヴリボディ・ノーズ(誰もが知っている)』の上映から始まりました。
『エヴリボディ・ノーズ』は、イランのアスガー・ファルハディ監督がスペインの大スター、ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスを主演に迎えてスペインで撮った作品。ファルハディ監督は2013年にフランスで撮った『ある過去の行方』を主演のベレニス・ベジョに女優賞をもたらした人であり、16年の『セールスマン』では脚本賞とアカデミー外国語映画賞を受賞したイランの名匠。スペイン映画界きってのおしどり夫婦ハビエル・バルデムとペネロペ・クルスの登場にレッドカーペットが沸いていました。
去年は、いわゆるNetflix問題が起こって、ネット配信のみの作品をコンペから除外する決定がなされましたが、今年はコンペ作品のプレス上映を正式上映の前ではなく後に行うという、映画祭始まって以来の変更がなされました。これまではプリント・メディアの“遅さ”を配慮し、プレス上映を早く行っていたのだが、SNSの発達でその必要がなくなったし、作品の評判がワールドプレミアである正式上映の前に世界中に広まってしまうから、と説明されていました。昨年、この変更が公になった際に、国際映画批評家連盟(FIPRESCI)とフランスの批評家組織が抗議し、質問状を送っていたのに何の返答もなく、開幕直前の7日になって、やっと映画祭総代表ティエリー・フレモーの記者会見が開かれました。この記者会見はあまりに突然すぎ(メールで通知が来て、その1時間半後に開かれた)、私は行けなかったのですが、参加した友人によれば、変更の説明に終始したということで、さらにプレスの怒りを買っています(ちなみに、レッドカーペット上での自撮りも禁止になりました)。年々厳しくなってきた手荷物検査に加え、この上映時間の変更がさらに制約を加えそうで、皆、戦々恐々としています。
今年の話題は、11年にナチス発言で物議を醸し、映画祭からペルソナ・ノン・グラータにされたラース・フォン・トリアーの禁足が解かれ、7年ぶりに新作『ジャックが建てた家』を持ってカンヌに帰ってくること(事件の詳細はアーカイブをご覧ください)と、スパイク・リーが91年の『ジャングル・フィーバー』以来、27年ぶりに『ブラック・クランスマン』という問題作でコンペに復帰することなど。
また、クロージング作品に決まっていたテリー・ギリアムの『ドンキホーテを殺した男』に、プロデューサーのパオロ・ブランコから上映差し止めの訴えがなされていましたが、9日のある視点部門のオープニング・セレモニーの際に、ティエリー・フレモーから映画祭側が勝訴し、予定通りクロージングに上映されると発表されました。
さて、今年はどんな映画祭になるやら。開幕時点では、かなりな波乱含みに見えますが。
【写真】8日に開かれた審査員記者会見の模様。左からロシアのアレクセイ・ズビャギンツェフ監督、『グローリー/明日への行進』のエヴァ・デュヴァーネイ監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、審査員長の女優ケイト・ブランシェットです。今年は9人の審査員のうち過半数の5人で、そのことを聞かれ、「審査員は男女同数、たまたま審査員長の私が女性だっただけ」と当意即妙に反応するブランシェットの知性が光っていました。ちなみに、記者会見場に掲げられた今年のポスターはゴダールの『気狂いピエロ』の撮影時に女性写真家が撮ったものです。
【齋藤敦子】映画評論家・字幕翻訳家。カンヌ、ベネチア、ベルリンなど国際映画祭を取材し続ける一方、東京、山形の映画祭もフォローしてきた。フランス映画社宣伝部で仕事をした後、1990年にフリーに。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。労働者や経済的に恵まれない人々への温かな視線が特徴の、ケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」なども手掛ける。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)、「奇跡の海」(幻冬舎文庫)、「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書もある。