【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】身近なジャズの現場を楽しみながら取材していると、多くのミュージシャンの息遣いに触れることができます。特に同世代のミュージシャンに対するインタビューは、ジャズという外来の音楽に親しむようになって以来の長い時間を、自分自身が再確認する機会を与えてくれます。
福島県出身で、仙台で活動しているアマチュアドラマー、高野文穂さん(65)にお話をうかがいました。学生時代、ジャズ音楽に出会い、一人前の社会人になるためにどうしても必要だった活動休止期を経て、現在に至る高野さんの歩みは、多くのアマチュアミュージシャンの参考になるはずです。現在、活動中の若い世代にとって「今」の音楽活動を大事にすることが「明日」の自分につながることを、ぼんやりとでも感じてもらえれば幸いです。
「今はジャズに集中していますが、高校のときはハードロック、ブルースに走りました。同じ世代が夢中になったフォークギターもやって、ある時、ジャズ喫茶にたまたま入って衝撃を受けました。『なんだこれは』と思ったのが最初です。そのときかかっていたのはエルビン・ジョーンズ(ドラム)でした。このドラムは一体、どうやってるのか?と」
ジャズ喫茶に実際に行ったことのある人はもう少ないはずですが、高野さんのように1960年代から70年代にかけて、音楽好きの学生時代を送った人たちには忘れられない存在のはずです。ジャズ喫茶には高価な音響装置があり、ジャズのレコードを次から次とかけてくれました。客がリクエストすればマスターが選んでくれる仕組みです。マスターの手つきはまるでマジックのようで、大量のレコードを収容したレコード棚からあっという間にレコードを取り出すのでした。その店が所有するレコードのリストを見ながらジャズを聴くことでジャズ音楽を勉強した人も多かったと思います。コーヒー一杯で半日も粘る人が珍しくはありませんでしたが、剛の者ぶりもあまり続くと、それなりの目で見られるのは仕方がありませんでした。
エルビン・ジョーンズというモダンドジャズドラムの伝説の人の演奏に驚いた高野さんはやがて日本大学の理工系のビッグバンドBlue Swing Jazz Orchestra(ブルースイングジャズオーケストラ)に参加。アマチュアミュージシャンとしての本格的な一歩を踏み出したのでした。
「ドラムは自己流で今に至っています。大学の顧問の先生がドラマーだったので、いろいろ注文はつけられました。当時、ビッグバンドは入りやすかった。譜面を読めれば特にね。高校で吹奏楽をやった人たちはすぐに追いつけました。カウント・ベイシーを数多くやりました。ビッグバンドジャズのノリは今の時代には合わないのかもしれませんが、われわれのときは女子大のダンスパーティーなどが数多く開かれ、ビッグバンドをやること自体が楽しかったですね。ダンスに合う曲はベイシーに限らず、なんでもやりました」
大学卒業後、住宅系の企業に就職した高野さんは30年間、演奏活動を休止したそうです。学生時代の音楽活動をどう持続するかは、プロ志向でない人の場合、必ず選択しなければならない岐路といっていいでしょう。
「30年間、ドラムを演奏する余裕はありませんでした。たまたま郡山に転勤で行ったときに、ジャズ好きな先輩に勧められて『アルチスタ』という店を知りました。そこで初めてピアノとベースのデュオにまぜてもらいましたが、何しろ30年ぶりなのでとても人前でやれる演奏ではなかった。電子ドラムを買って練習しました」
いわき、札幌、郡山と転勤し、仙台で定年迎えた高野さんは別の会社でフルタイムで働いています。フルタイムで働きながらという割には活発な活動です。「土日は100%休めるようになりましたし、同じ働くにしても、昔みたいにガツガツしなくてもいいですから」
郡山時代からの友人でピアニストの大島今日子さんと仙台で再会し、2018年秋にピアノトリオ「REGARDS(リガーズ)」を組みました。ベーシストは別のバンドでも高野さんと組んでいるAthushi Kikuchiさん。
REGARDSのライブを仙台市青葉区の音楽酒場「Want You」で聴きました。ピアノの大島さんがリードする、いかにもジャズトリオらしい演奏でした。Want Youのライブでは演奏開始前に集まって曲目を決めるだけで、リハーサルもありません。高野さんは「『REGARDS』でやり始めて1年ちょっと。今回が16回目のライブです。年齢の異なるプレイヤーが継続的にジャズを続ける場合、好みも違うので、まずお互い譲り合うことが必要です」と話しています。
バンド活動を持続するための条件は幾つもあり、長い間のうちには、難しい問題も起きがちなのですが、REGARDSの場合、言い出しっぺの高野さんが支え役に回っている点が重要なようです。大島さんのピアノは演奏者の個性の点でも、サウンドの点でも牽引力に富むタイプなので、年長のドラマーとの息が合っている感じは確かにあります。この日は大島さんのバースデーでした。
【この連載が本になりました!】定禅寺ストリートジャズフェスティバルなど、独特のジャズ文化が花開いてきた杜の都・仙台。東京でもニューヨークでもない、「仙台のジャズ」って何?仙台の街の歴史や数多くのミュージシャンの証言を手がかりに、地域に根付く音楽文化を紐解く意欲作です!下記画像リンクから詳細をご覧下さい。
【連載】仙台ジャズノート
1.プロローグ
(1)身近なところで
(2)「なぜジャズ?」「なぜ今?」「なぜ仙台?」
(3)ジャズは難しい?
2.「現場を見る」
(1) 子どもたちがスイングする ブライト・キッズ
(2) 超難曲「SPAIN」に挑戦!仙台市立八木山小学校バンドサークル “夢色音楽隊”
(3)リジェンドフレーズに迫る 公開練習会から
(4)若い衆とビバップ 公開練習会より
(5)「古き良き時代」を追うビバップス
(6)「ジャズを身近に」
(7)小さなまちでベイシースタイル ニューポップス
(8)持続する志 あるドラマーの場合
(9)世界を旅するジャズ サックス奏者林宏樹さん