【加茂青砂の設計図】4番目の船「喜代丸」①「北海のユウジロー」加茂へ帰る

 

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】久しぶりに青空が広がった2月末、菅原繁喜(しげき)さん(78)は、自宅作業所のシャッターを開け、漁具の手直しをしながら、突然ひらめいたかのように、言い切った。「『北海のユウジロー 加茂に帰る 悔いなし』。どうだ、このタイトル?いいべ?」

もちろん、この聞き書きのタイトルのことである。「北海のユウジロー」は10代のころに、北海道で漁師の修業を積んだ、繁喜さん自身を指す。ユウジローは言うまでもなく俳優の故・石原裕次郎。19歳の時、写真屋でポートレートを撮った。誰にも言わなかったけれど、「オレって裕次郎に似てるんじゃないか」とほくそ笑んだ。以来、ひとりで秘かにその思いを抱いてきたからこそ、タイトル名に提案したらしい。

厳冬期の2月の早朝、繁喜さんは仕掛けておいた網を引き揚げて、帰港した

「格好よすぎるってが。この話を聞いた方は恐らく、『うわー誰だ、そったらごと言うの? 』となるべ。それが『加茂のシゲでねが』と分かれば、みんな『なにい!』と、大笑いして喜ぶさあ」。ちゃんと「突っ込み」が来ることを予想している。気配りの人でもある。

話はよどみなく続く。「残された人生は、そう長くはない。後は、この人生を全うするだけだ」。聞き書きの締めくくりの「指定席」を、予約されたみたいだ。あっけにとられ茫然。「締めくくり」を取られた以上、あれこれ聞けない気分に陥った。20代後半に帰ってきた繁喜さんは、ふるさとでの暮らしが半世紀を超した。その50年の暮らしをこれからも、1日1日積み重ねていくという。見上げると、トンビが1羽ゆったりと大きな円を描いている。

そう言えばと、生年月日を確認したときの話が、ぐいと顔を出した。「まず橋幸夫(歌手)だべ、2番目は桂三枝(現文枝、落語家)よ、3番目があこがれの女優の星由里子(故人)、そして4番目に来るのが、オレなわけさ。昭和18年生まれの四天王や」

ユウジローといい、四天王といい、なんなんだ、この芸能ネタは。例えが絶妙で、楽しすぎる。笑っていると、置いてきぼりになりかねない。ついていくのがやっとで、息切れしそうだ。

網にはタラなどがかかっていた

繁喜さんは、海面に浮いて、仕掛けた網の場所を知らせる標識・ボンデンを3本、ロープをきつく締め直すなど手直しした後、箒を手に作業所の掃除を始めた。きっちりと片付けないと、納得できない。テーブルの上のテレビのリモコンも、画面に直角じゃないと気が済まない人である。「『曲がってたら、根性も曲がってる』って言うんだ」。そのうえで強調する。「人間、からっぽねやみ(怠け者)でなければ、食っていける」。子供のころに身についた信念である。

太平洋戦争敗戦後、この国が復興の道を歩んでいた昭和2、30年代(1950年代)、繁喜さんの世代は小・中学生だった。朝、学校に行くとき母親から言われたのは『絶対にヒトのものを盗んではいけない』だった。

「口癖みたいに毎朝必ず。その日に食うものがなくても『そんなことしたら、鉈で手ばもぐど』と言われ、怖くてなあ」。昼ご飯は弁当を持っていくのではなく、家に帰って食べた。学校への行き来は、10分もかからない。「2つに割ったジャガイモが鍋さ入っていればいい方、テーブルの上に何もない日もあった。そういう日は、食べたふりして、学校に戻るしかねえべ。家族は両親と祖父母、きょうだいは5人。男はオレひとり。家は漁師だけでなく、田んぼもやってたから、みんな忙しく働いた。しなければ、食えねえんだもの。われわれの時代は、当たり前なことだったんだ」

自らを「ユウジロー」と呼んだ19歳の繁喜さん

そう話した後、繁喜さんは「簡単なもんでねえや。分がるが?」と聞いてきた。言葉に詰まった。こちらも、70歳の古希を過ぎた身である。正直に「分からい」と答えるのは、抵抗があった。見栄を張りたい。その辺の若造とは違って、世の中がある程度知っている立場でいたい。でも、これほどの迫力ある厳しさの中を、生きてはこなかった。頭が下がる。そんな「立往生」を、吹っ切るような大きな声で「分からない」と答えた。口を挟まずに、話を書きとるしかなかった。(つづく)

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