【加茂青砂の設計図】「農業で生きている人」のハードル

連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。

土井敏秀】大仙市(旧西仙北町)大沢郷椒沢にある、佐々木義実さん(68)の田んぼは、両側を里山にはさまれている。圃場整備された区画とは違って、くねる谷あいに細長く広がり、山からの「絞り水」が端の用水路に流れている。所有する田んぼは合わせて6㌶(うち0・6㌶は冬も水を張る)。そこに永年、堆肥を入れ続け、耕してきた。

「田んぼを作るのは、必要のない仕事を増やすことでもあるんだよ」。里山に挟まれていることで、土砂崩れが起きる。用水路が崩れることもある。収穫を終えた田んぼを翌年に備え、高低差がないように平らにしないといけない。雑木が育てば、田に日がささなくなるので、伐採する。山を切り開いて、牧草地を作ればそこに農薬もまく。雨が降ると、それが下の田んぼにも流れる。「田んぼに農薬を使わなくしてるのに、矛盾しているよな」。矛盾が認められるものかどうかは、もちろん自分で決める。これまでの経験が判断する。

できたばかりの山小屋から、代々暮らした人たちの思いが詰まった集落を眺められる

佐々木さんは1985年(昭和60年)、30歳の時、日本農業賞(NHK、全国農業協同組合中央会など主催)を受賞した。当時は3㌶の田んぼと10頭の牛を飼っていた。「最年少、最低規模」の農家が、公的団体から日本一の称号をもらったのである。農業実績に加え、業種に関係なく、若い人たちが集まるサークル運営など、農村地域を盛り上げる活動が評価された。その12年後には、全国各地で特徴的な農業を営んでいる「百姓」の1人として、「三〇人の【大】百姓宣言=農の時代を創る主役たち」(ダイヤモンド社)という本にも紹介された。日本の有機農業運動をリードした、農民詩人星寛治さんの取材を受けた。

地域の約10軒の農家で、東京の中学生を「体験農業」に受け入れたり、「米の産直の会」を作って、東京の米穀店を視察したり、「調理用トマト」を共同で栽培、販売するシステムに取り組んだりもした。「みんなでやるのは難しいね。結局はオレが1人で続けているよ」。東京の中学校とは30年もの付き合いとなる今年秋、文化祭に招待されたが、コロナ禍で中止となってしまった。「中学生だけでなく、来たいという人は全部引き受けている。都会ならいくらでも遊ぶところがあるだろうに。田植えなど忙しい時に、来てくれるんだよ。ありがたい。こっちは大助かりさ」

椒沢(はじかみさわ)地域は2019年(令和元年)、「守りたいあきたの里地里山50選」に認定された。中山間地の景観、伝統芸能・椒沢番楽の継承を特徴としている。県の「魅力ある里づくりモデル事業」の対象ともなっている。佐々木さん自身、地域を見渡せる持ち山を公園にしようと、手伝ってくれる人たちと一緒に、花や実をつける樹木や草花を植えたり、タイヤのブランコやハンモックを取り付けたりしてきた。モデル事業の一環で「山小屋」を建てることもできた。大規模開発ではないから、地道に「遊べる自然」を工夫している。誰でも帰る気持ちで気軽に来れる。背伸びをする必要がない。

佐々木さんの田んぼは、奥まった山間にも広がる

佐々木さんの田んぼの一画を借り、自然農法に取り組んでいる社会人や学生がいる。里山の奥にあり、耕作放棄地だったところを、「田んぼが荒れるのを見ていられない」と、佐々木さんが、耕した場所である。その学生が「自分の農業」を模索して、通ってくるのを、口を挟まず見守っている。後継者を育てるつもりはない、と言う。「佐々木さんらしいな」と思った。佐々木さんの「農業で生きている人」のハードルは高い。恐らく、父親だけではないだろう。誰かの指示に従って仕事をするのは、「生きていることにはならない」と反発もし、律してきた。「自分の農業」に納得するまで、本を読み、実習をこなし、気になる講習会があれば、なんとか時間を作って出かけた。

だから、農業を体験できるよう、幅広く人を受け入れる一方で、期待を込めて待っているのは、後継者ではなく、「自分の農業を作り上げる」仲間なのではないか。家に帰り、農業に従事している長男に対しても「まだ甘いな」とつぶやく。仲間だからといって、そばに立つ必要はない。「あいつもあそこで、頑張ってるだろうな」と思い浮かべられる仲間である。押し付けることなく、そんなやつがいればいいな、の距離感を保つ。楽しく農業をする「百笑村」は、どこにだってできる。ひとりぼっちでも、思い浮かべれば、世界各地の仲間が青空を仰いでいる。(続く)

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