石巻・牡鹿半島 希望見えずホヤ養殖断念 「処理水」の風評が深める漁業者たちの危惧 

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】牡鹿半島(石巻市)の小さな浜や浦を縫うリアス式海岸の道をたどり、8月半ば、鮫浦湾の漁港を訪ねた。東日本大震災地の被災地で、宮城県有数のホヤの養殖地でもある。津波後のホヤ養殖再開は地元にとって復興の支えだった。だが旬である今、水揚げは激減した。海中でホヤは肥えているが、生産の過剰、価格の暴落、見えぬ先行きから、養殖を断念する漁業者が増えたのだ。ホタテやカキ、漁への転換に家業を託すが、そこへ原発処理水の問題がのしかかっている。既に「風評の害は生じている」といい、差し迫った「放出とその後」へ危惧が広がる。ホヤが復興の象徴だった産地から現状を伝えたい。 (写真も筆者撮影)

復興への頼みが禁輸、生産過剰に 

鮫浦湾の小さな入り江、鮫浦漁港。真夏の日差しの下、ホヤ船はまだ水揚げ期というのに出番乏しく浮かぶ。阿部誠二さん(39)は岸壁で腕組みをし、厳しい顔をしている。「ホヤはここ3年、出荷していない。まだ海の中にいるホヤの管理で船を出すくらい」。 

被災の跡もまだ生々しい鮫浦漁港。動かぬホヤ船の前で腕組みをする阿部さん=2023年8月16日
被災の跡もまだ生々しい鮫浦漁港。動かぬホヤ船の前で腕組みをする阿部さん=2023年8月16日

震災後の2014年から阿部さんを取材してきた。鮫浦集落は津波で流され、阿部さんは仮設住宅から父忠雄さん(73)と自宅跡の作業場に通い、養殖を再開した。湾内に800本近い養殖ロープでカキ殻を沈め、天然採苗の幼生からホヤを育てた。震災前の半分以下でも、復興への頼みだった。「かつては水揚げの7、8割を九州などの業者が岸壁で買い付け、水槽ごと韓国に輸出していた」。が、福島第1原発事故を契機に韓国が東日本の水産物の輸入を禁止。ホヤは販路を断たれ、国内の消費量はわずか数千㌧で、生産過剰に陥った。 

国内産ホヤの大半を占めた宮城県では、16年に県漁協が「余剰分」の約1万4千㌧を焼却処分に。政府は韓国の禁輸措置を「科学的根拠がなく理不尽」とWTO(世界貿易機関)に提訴したが19年に敗訴。それでも「輸出を再開できそうだという希望的観測の話は毎年のように流れ、それを期待し養殖を続けた人も多い」。が、阿部さんは見切りをつけた。 

「韓国への輸出向けに養殖した最盛期、ホヤの1㌔単価は200~250円。今年は(同)70円にまで暴落した」と阿部さん。「毎日3㌧とか水揚げした当時は、経営だけでなく、空いた養殖いかだに先を見越した新しい種付けもでき、すべてが順調に回った。が、今はホヤを専業で続ける人はもうわずかではないか」 

悔しさ抱え漁業に転換 

阿部さんは、ホヤ養殖の復旧支援で知り合った山梨県のNPOなど遠来のボランティアにホヤのうまさを伝え、その縁で首都圏の飲食店などに得意客を開拓してきた。親しい水産加工業者と組んで「蒸しホヤ」の商品化もした。県内外のスーパーにも安い殻付きホヤが出回り、家庭で味わえるようになったが、国内消費は年5000㌧ほどで頭打ちだという。 

「店でホヤを出したいので20個送って、という注文を今もらっても、そのためだけに船を出し、わずかな水揚げをするのは理にかなわなくなった」と阿部さん。燃料代も高騰している。それにホヤ養殖に代わる、海でのより可能性ある生き方を既に見つけている。 

震災後、ホヤがようやく復活した2014年6月、鮫浦湾で水揚げをした阿部さん㊨と忠雄さん

岸壁のホヤ船の隣に、もっと大きな漁船が係留されている。津波の被災後、阿部さんが苦心して購入した「第31栄漁丸」。ホヤ養殖をしていた当時から、水揚げ期が重ならない冬場、近くの外洋でヒラメやタラの漁をしていたが、3年ほど前から夏場にタチウオが捕れるようになり、冬にはアンコウの水揚げが増えた。 

もともと三陸の魚でなく、「温暖化で海流が変わったせいか(福島沖など)南から上がってきたよう。アンコウなど、冬の相場が良くて重量もある。それぞれ専用の漁具や網も手作りした。ホヤは残念で悔しいが、結果として自分は魚種転換ができた」と阿部さん。鮫浦湾のホヤ養殖で長年手を携えてきた仲間たちも、厳しい選択を余儀なくされていた。 

ホヤの活路求め重ねた努力 

そこから近い、新しい防潮堤のある谷川漁港の渥美政雄さん(45)の作業所に足を延ばした。渥美さんは、韓国のホヤ禁輸後の14年、阿部さんら鮫浦湾のホヤ養殖に携わる若手漁業者14人で県漁協谷川支所青年部を結成。初代リーダーを担い、ホヤのファンを増やすための新料理イベント、小学生の養殖作業体験、将来を見据えて湾のアワビやナマコを増やす試験作業、メンバーたちが潜水士資格を取っての環境保護活動などに取り組んだ。 

谷川支所青年部が小学生を招いたホヤ養殖の体験学習=2018年10月18日
谷川支所青年部が小学生を招いたホヤ養殖の体験学習=2018年10月18日

震災後にホヤ、ホタテの養殖を再開し、年に80㌧を出荷していたという。しかし、韓国の禁輸を契機にホタテを8割方に増やした。「ホヤはもうほとんどやっていない。売り先を見つけるのも難しく、たまたま500㌔の注文があっても、3万5千円にしかならず…」 

これまでホヤの生産者には、韓国の禁輸も原発事故の風評と、東京電力が一定の補償をしてきたが、今年11月を限りに打ち切られる。それも地元の「ホヤ離れ」を加速させている。ホヤの種苗販売を生業とする業者も十数人いるが、ほとんどが年配者で、収入もなくなりそうだという。渥美さんは厳しい表情で言う。 

「韓国は新大統領=注・昨年、ユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が就任=とともに政府同士の関係は変わったが、原発事故をめぐっては市民団体がつくる国内世論が依然として強いと聞く。ホヤの現状は変わりそうにない」 

現場では既に風評の「実害」 

青年部の仲間たちも「転換」を模索しており、新しい希望がカキだという。冷凍したカキをレンジで解凍し「新鮮さを家庭で味わう」食べ方が世界中に広まり、需要が年々高まる。渥美さんも、カキの加工を請け負いながら、自身も養殖を増やしていくさなかだ。 

だが、「海で仕事をする後継者がいなくなるのでは」という不安も大きくなる。福島第一原発から放出の時期が迫る「処理水」の問題だ。「既に風評の『実害』が出ている」 

渥美さんが今、養殖の主力としているホタテの相場(宮城県中部地区)が、昨年から好調で今年春先まで1㌔当たり600円台の高値から一転、現在は同400円台に下落している。今月初めにあった「値決め会」(浜値を決める県漁協、仲買人、生産者代表の定期会合)では、さらに安値にする話が出され、「処理水放出」をめぐる風評が出ているのが理由だという。県漁協は「海洋放出に断固反対」の立場を表明してきたが、渥美さんが役員を務める同ホタテ部会は「これは風評被害。ホタテ生産者がつぶれる事態が起こりかねず、賠償や無利子貸付の用意も含め、対応を急いでほしい」と緊急の会合で協会幹部に求めた。 

処理水の海洋放出計画に対して、中国が日本からの食品輸入で検査を強化する方針を7月上旬に発表。北海道産が6割を占めるというホタテなど中国への水産物輸出が、既に同月、半減したという(北海道外国貿易概況の速報による )。放射性物質の全量調査のため 時間を要し、傷みやすい水産物の場合は「実態として禁輸に等しい」との見方もある。 

ホヤ養殖に使うカキ殻が積まれた谷川漁港前。漁業者たちはホタテなどへ転換を模索している
ホヤ養殖に使うカキ殻が積まれた谷川漁港前。漁業者たちはホタテなどへ転換を模索している

後継者がいなくなる危機 

今月3日の河北新報も、やはりホタテ産地、青森県の二木春美漁連会長が西村康稔経産相を訪ねて放出の計画延期を求めた-との記事で〈放出前にもかかわらず、既に中国や香港に輸出できない状況だ。今放出すれば、事態は一気に悪化する〉との訴えを報じた。 

「輸出先を失ったホタテが国内に出回れば、出荷の最盛期に値崩れが進む。9月末ごろから出荷が始まるカキや、ノリ、三陸のワカメにも風評の影響は広がりかねない」と渥美さんは話し、いまだ復興途上にある東北の被災地の漁業と暮らしへの影響を懸念する。  

「若い世代が未来まで展望を抱ける解決策を、国は真剣に考えてほしいんだ」と、6月30日のTOHOKU360のインタビュー記事『福島第一原発の処理水放出「後継者が展望持てる解決を 」 』 で相馬双葉漁協の今野智光組合長(65)は訴えた。「このままでは後継者がいなくなる」という渥美さんら石巻の養殖漁業者たちの危機感と、それは表裏にある。 

『漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる(注・汚染水)処分も行わず』という政府、東電の福島県漁連への約束(2015年8月)は本来、海の生業に携わり不安を抱く人々すべてが当事者であるべきもの。『丁寧な説明』も、風評という問題に関わる流通業界、消費者にも向けて求められるもの。どこまで為されたのか。 

被災地の海の宝であるホヤを救えぬ漁業者の無念の声も届かぬまま、処理水放出へ岸田文雄首相の「最終判断」のニュースは流れるのか。 

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