古き伝統、家族愛。フィリピン・アルセニャス監督の「ある肖像画」/第30回東京国際映画祭レポート(2)

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=東京】30回目の記念の年を迎えた東京国際映画祭が、10月25日から11月3 昨年のアジアの未来部門はミカイル・レッド監督の『バードショット』という、西部劇風の風変わりなフィリピン映画が作品賞を受賞しましたが、石坂ディレクターも“頭一つ抜けている”と太鼓判を押す好調なフィリピン映画界から、今年は2本エントリーしています。1本はベテラン、ロイ・アルセニャス監督の『ある肖像画』、もう1本は若手アーネル・“アルビ”・バルバローナ監督の『殺人の権利』です。

レベルの違いを感じさせたアルセニャス監督の「ある肖像画」

【ある肖像画」上映後のQ&Aの模様】 左からロイ・アルセニャス監督、主演のレイチェル・アレハンドロさん、 プロデューサーで出演もしているセレステ・レガスピ・ガラルドさん。 アレハンドロさんとガラルドさんは初演の舞台では主役の姉妹を演じられたそうです。

『ある肖像画』はフィリピンの小説家ニック・ホアキンの短編を原作にしたミュージカルの映画化。監督のアルセニャスは長年アメリカの演劇界で活躍してきた方だそうで、2011年にフィリピンに帰国してから、初めて映画を監督したという遅咲き。『ある肖像画』は3本目の監督作で、1941年、日本軍の侵攻を目前にしたマニラの古い屋敷を舞台に、高名な老画家と娘たち、老画家が描いた最後の傑作をめぐって、様々な思惑が交錯する群像劇。戦争をきっかけに消滅してしまう古き良きフィリピンの伝統と誇り、家族愛がテーマでした。リハーサルに1年、撮影に1年、仕上げに1年かけたそうで、ヒット・ミュージカルの舞台を忠実に追いながら、舞台臭さを感じさせない、見事な画面構成と演出は見応えがあり、アジアの未来の他の監督たちとのレベルの違いを感じさせました。

若手バルバローナ監督の問題作「殺人の権利」

一方の『殺人の権利』は、石坂ディレクターとのインタビューにもある通り、シナグ・マニラ映画祭でグランプリ他、賞を総なめにした問題作。ミンダナオ島の奥地で平和な暮らしをしていた先住民の一家が、やってきた政府軍の軍隊に、ゲリラ兵の行方を探すための道具にされるという物語で、実際にあった事件を元にしているそうです。政府軍の兵士に、まるで動物のような扱いを受ける夫婦の姿を見ていて、基地建設反対を叫ぶ沖縄の人々を本土から派遣された機動隊員が“土人”呼ばわりした事件を連想してしまいました。監督のアーネル・“アルビ”・バルバローナは、撮影監督でもあり、これが監督第1作。この映画でも演出と撮影を兼ねていて、荒削りながら、ファミリー・ムービーのような親密さが感じられる作品でした。