【PR記事】2023年8月、仙台市若林区荒浜の深沼海岸に、巨大なクジラのアートが現れた。「漁網アーティスト」吉田凱一(よしだ・かい)さん(27)の手によるもの。海洋ごみ問題の啓発や、東日本大震災で大きな被害を受けた荒浜地区の復興支援活動に携わる学生団体「海辺のたからもの」(畠山紳悟代表)が企画した。被災地の過去と未来に想いを託した大作だったが、自然のキャンバスに描かれたクジラには思わぬ結末が待っていた。(文・写真:佐々木佳)
「シロナガス」より大きな漁網のクジラ
とにかく、作品は巨大である。
大きさは40m四方と、世界最大のクジラとして知られるシロナガスクジラ(体長24〜30m)をさらに上回る。素材の大半は、使われなくなった刺し網や定置網など、およそ100kgの漁具。網の元々の色合いを活かしながらグラデーションを作り出し、ゆるやかな曲線を描くようにクジラを描きあげた。
吉田さんにとって、最大規模となった今作。海岸という公共の場所で展示する「パブリック・アート」でもあるため、市など関係機関や地元の団体との協議は簡単ではなかったという。関係者の理解や協力を少しずつ取り付けながら、何とか広大なスペースを確保した。当初予定していたお披露目の日には間に合わなかったが、海辺のたからもので活動を共にする大学生らの手も借りて、5日間ほどでのスピード制作をやり遂げた。
クジラが消えた!?「自然のキャンバス」の無情
「完成しました!」
8月6日朝、吉田さんから筆者のもとにメッセージが届いた。
連日の猛暑などで、完成を危ぶんでいた中での朗報だった。砂浜を悠々と泳ぐクジラを見るべく、荒浜に向かったのは同日の午後。しかし、海岸近くに車を停めると、凄まじい強風に見舞われた。
市街地は穏やかな陽気で、空こそ青かったが、海辺の天気は別物だった。防潮堤の階段を上ってみると、外洋からの風はますます強く、海は大しけ、浜は激しい砂煙を上げている。遠くからクジラを探すが、それとすぐに分かる姿は見当たらない。吉田さんらによると、天候が急変し強風が吹き荒れた結果、クジラは大量の砂に埋もれて全貌が分からなくなってしまったという。
積もった砂を振り落とす作業を筆者も少し手伝ったが、嵐は一向に収まらず、砂は容赦なくクジラを覆っていく。やがて、立っていることすら危険を感じる荒れ模様となり、全貌の撮影を断念せざるを得なかった。まさに、自然のキャンバスゆえの無情であり、宿命である。
クジラに込めた「海の営み」への敬意と、希望。
自然の猛威によって思わぬ結末を迎えたクジラアートだったが、吉田さんは、今回の作品には並ならぬ想いを込めていた。
吉田さんは三重県四日市市の出身。漁網工場を営んでいた祖父の生き様に影響を受け、使われなくなった漁網や海洋ごみ、海浜植物などを素材としたアート作品を手掛けている。「海辺のたからもの」代表の畠山さんとは学生時代からの友人。同団体の活動を通じて荒浜に通うようになり、2月からは活動拠点を仙台に移して、元の住民や地域で活動を続ける人々と交流してきた。その中で吉田さんは、かつて漁村だった荒浜の人々にとって、クジラが「大漁の象徴」だった、という話に強いインスピレーションを受けたという。
「海岸近くにクジラが現れると、半鐘が打ち鳴らされ、皆で浜へと駆け出していったそうです。自分の知らない、震災よりももっと昔の荒浜の暮らしが目に浮かんだのと同時に、これから新しい歴史を刻もうとしている荒浜の象徴として、砂浜にクジラを描こうと思いました」
吉田さんは、自らが素材としてこだわる漁網を「海と共に生きる人々の営み」を象徴するものとして位置づけている。
かつて、海と共に存在していた荒浜の営み。大津波によって集落は破壊され、一帯は災害危険区域として居住を厳しく制限されている。近年は観光施設などの立地も進み、新たなにぎわいも生まれつつあるが、地域の再生は被災後12年を経ても道半ばの状態だ。震災前は多くの人でにぎわっていた深沼海水浴場が、未だ開設に至っていないことも象徴的である。また、惨禍によって多くの市民の心に根付いた、荒浜の海にまつわる重苦しいイメージを更新するのは、到底容易なことではない。
幼少時代から「漁網」に親しんで育ち、海と人との営みに思い入れの強い吉田さんにとって、荒浜の現実は重くのしかかり、深く響いた。
「大漁の象徴」として記憶されているクジラを描くことにしたのは、失われゆく過去の営みに敬意を払うとともに、将来この地から、海と人との営みが新たに紡がれることを切に願ったからである。
吉田さんは「僕にしかできない方法で、今の荒浜でしかできない表現ができました」と語る。
企画した海辺のたからもの代表の畠山さんは、「今回の企画はあくまでも最初の一歩。今回の成果や反省を元に、荒浜や、他の色々な地域で仕掛けていきます」と次を見据えていた。
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