【矢坂健】「水なきゃ生きていけないでしょプロジェクト」をご存じでしょうか。仙台の大学生達が、「生きるための水はどんなことがあっても供給停止させてはいけない」と、今年の2月に立ち上げたプロジェクトで、仙台市水道局に申し入れを行った際にはマスメディアでも取り上げられ話題を呼びました。ブログで情報発信をされていますが、立ち上げに至った経緯や真意を発起人たちから直接聞きたいと思い、今回仙台POSSEの事務所にお邪魔して取材してきました。
フードバンクの活動で目にした貧困の現場
筆者はふだん医師をしており、救急外来で対応をしていると、時折、生活困窮が原因で健康を害されている方にも出会います。水道が止まっている方もいらっしゃいました。このような場合、医師としての治療介入よりも、社会福祉などの支援の方が重要であり、歯がゆい思いをしました。そういうこともあって、水道の問題に目をつけた大学生達の声を直接聞いてみたいと思いました。
今回、取材を受けてくださったのは、仙台の大学に通う、笠原沙織さんと、小泉尚也さん(プロジェクトの共同代表)です。お二人は昨年から「フードバンク仙台」のボランティアとして、生活困窮者への食糧支援や生活支援をされており、今回のプロジェクトもその延長として立ち上げたそうです。貧困が広がっていることや、そこに充分な支援が届いていない現状を目の当たりにして、行動を起こしたと言います。
笠原:今年の1月中旬にある方から食糧支援の依頼がありました。50代の方でしたが、貯金が底をつきて、年末から何も食べていない、数日前に水道も止められて水も飲めないという状態でした。緊急で食糧支援をして、一緒に病院にも行きました。
筆者:それはかなり緊急の事態ですね。どうしてそのような状態になってしまったのでしょうか。笠原:その方は、昨年まで働いていたんです。ですが、職場でハラスメントを受けて、精神的に追い詰められてしまい、仕事を続けられなくなってしまいました。水道料金は3カ月滞納となり、そのまま止められてしまいました。水道局は、3、4カ月支払いがないと、きちんと実態を把握しないまま、機械的に水道を止めてしまうことがあります。払いたくても払えない状態に追い打ちをかけるようなやり方で、人の命が軽んじられているな、と思いました。
小泉:今回のケースは決して特殊事例ではなくて、私たちは昨年から困窮されている方にたくさん出会いました。そのなかには、水道を止められてしまっている人もいました。ライフラインを使えない、使えなくなりそうな状況の方がたくさんいるということを目の当たりにして、現状のシステムを変えることを訴えたいと思いました。
このケースをきっかけとして、「水なきゃ生きていけないでしょプロジェクト」を立ち上げたメンバーたちは、今年の2月に仙台市水道局に対して「困窮世帯の水道を止めないこと」、「水道料金の滞納者に対して、適切な福祉につなげること」などの申し入れを行いました。
後日、水道局から回答がありましたが、この内容についても、お二人は違和感を覚えたと語ります。水道局の言う「公平性」という言葉をめぐって議論しました。
笠原:料金滞納を理由に機械的に給水を止めないで欲しいという要望に対して、「支払えない人に給水を続けると不公平が生じるから、やむを得ない」という主旨の回答がありました。でもそこで言う「公平性」って何でしょうか。人間が生きていくうえで必要な最低限のものが、支払えないからと言って簡単に奪われるのはおかしいと思います。
小泉:実は申し入れをした日にも、対応した水道局の方から、「水道はみんなのお金で運営しているのに、お金を払わずに使う人がいたら、みんなの水道が止まってしまいますよ」と言われました。それが事実だとは思えませんが、そこで言われる「公平性」というものに、すごく違和感を覚えました。そもそも水道代を3カ月滞納しているという状況自体が、SOSと同じですよね。ちゃんと想像力を働かせれば支援が必要かもしれないと気づくところを、公平性を建前に機械的に水を止めてしまうのは、生存権の否定だと思います。
筆者:支払い能力だけを基準に、水道へのアクセス権が機械的に決められてしまう。そこで言われる公平性の手前にあるはずの、誰もが持っているはずの生存権が切り捨てられてしまっているということですね。
笠原:実際に止められてしまった方が、「自分には生きる価値がないのかな」と思ったと言っていました。
筆者:確かに、実際に困窮している状況で、機械的に水道が止められてしまうことで、自尊心まで傷つけられてしまう、ということは想像に難くないですね。
小泉:実際に水道を止められてしまう人達は確かに今のところ少数だと思います。でも多くの困窮している人達は、食費を削って水道代を払っていたりするわけです。そういう人達まで含めると、実際は多くの人が直面し得る問題だと思います。
SOSを「適切な福祉や支援窓口につなげて」と訴え
厚生労働省は2012年に「今般、生活に困窮され、社会的に孤立された方が公共料金等を滞納し、ライフラインの供給が止められた状態で発見されるという大変痛ましい事案が発生していることから」、「生活に困窮された方の把握のための関係部局・機関等との連携強化の徹底について」を発表し、ライフラインの事業者と地方自治体の福祉部門とが連携して生活困窮者の支援につなげるよう全国に通知しています。仙台市水道局では、仙台市内に居住し、「非課税世帯」「生活保護世帯」「中国残留邦人等」のいずれかの要件に該当する世帯に水道料金の減免措置を講じています。また今回の学生たちの要望書に対する回答書で、仙台市水道局はこう回答しています。
お客様ご本人から、経済的に困窮し生活に困っているなどのご事情をお話しいただいた場合には、社会福祉協議会、仙台市生活自立・仕事相談センターわんすてっぷなどの福祉の窓口への相談をご案内しております。その後もなお生活の再建の様子がみられない場合、生活保護の担当窓口への相談をご案内しておりますが、統計をとっていないためその件数は不明です。
一方で問題になるのが、水道を止められてしまうほど困窮していても、なかなか声を上げられず、福祉支援にアクセスできない人たちが存在することです。近年でも、生活保護を受給せず、電気や水道料金を滞納していた世帯が餓死と見られる状態で発見される事件が全国で複数発生しています。二人は、困窮した人たちを見つけて「積極的に福祉支援につなげる姿勢」をもっと行政に持ってほしい、とも語ります。それと同時に、社会の価値観も変わるべきだと言います。
筆者:適切な支援につなげてほしいという要望に対する回答はどうでしたか。
笠原:申し入れをした当日に、対応した水道局の方から「相手から相談があった場合や、家の中で倒れている場合などにはつなげる」という主旨の回答がありました。「家の中で倒れている場合」というのはすでに手遅れではないでしょうか。
小泉:家の中で倒れている可能性がある、と考えるなら、給水停止してはいけないと思います。そういう(機械的に停止するような)システムをやめるべきです。
笠原:それと、「相談があった場合はつなげる」と言いますが、色んな事情でアクセスできない人もたくさんいます。社会的なスティグマ(差別や偏見)もありますし、人によって精神的なダメージもあったりして、自分から相談に行くというのが困難なことが多いということを知って欲しいです。
小泉:フードバンクの活動では、実際に困窮されている方と生活保護の申請に同行するなど、福祉につなげるためのサポートをしています。現状、行政の窓口などで「本当に支援が必要な人以外は、なるべく働いて」と「自立」を促されることで、福祉から遠ざけられる方もいます。フードバンク仙台に支援依頼をした方のうち「役所に相談している」のは1割程度です。今回のプロジェクトのきっかけとなったケースでも、「自分で働いて食べなきゃいけない」という教育を小さいときから受けていたと話されていました。私たちの活動の根底には、そういう価値観から、人に頼ってもいいんだという価値観に転換させたい想いがあります。
笠原:「福祉に頼ってはいけない」という考えで、ギリギリまで身体を酷使して働いているうちに体調を崩してしまうというケースもあります。福祉は権利であって、利用しても良いものなんだ、とわかってもらうために、食糧支援を重ねて信頼関係を築いたり、一緒に窓口まで同行したりすることで、何とか福祉につなげられたということもありました。体を壊すほど自分を追い込んでまで働いてお金を稼がないと、水道や家など最低限の生活すらできない、そんな社会はおかしいと思っています。人間は無条件に生きていいし、生きられるべきだと思います。そういう社会にしていく、みんなの生存権を勝ち取っていくためには、もっと声をあげて、行動を起こしていかないといけないという風に感じます。
社会への課題意識を「可視化」するきっかけに
今回は、水道という点に絞って要望書を提出し、問題提起を行ったメンバー達。今後は水道の問題にとどまらず、よりよい社会に向けて活動をさまざまに展開していく心意気を語ってくれました。
筆者:今後、このプロジェクトとしてはどんなアプローチを考えていますか。水道だけでなく、違う問題も提起していく予定でしょうか。
笠原:小泉さんが言ったように、実際に水道を止められてしまうケースはそれほど多くなくても、食費を削って水道代にあてていたり、派遣労働を掛け持ちして過労死ラインを超えて働いて何とか生計を立てていたり、貧困の実態は色々なパターンがあります。そうした個々の具体的なことを調査して、データを収集して公表することを考えていますし、貧困の根絶に向かってもっと活動したいです。
小泉:同世代でも、もやもやしていたり、社会に対して問題意識を持っていたりする人は絶対いると思うんですけど、そういうことを発する場があんまりなくて、可視化されてないんだと思います。僕たちのやっていることが、そういう場をつくるきっかけになったら良いなと思いますね。
笠原:私たちが訴えたいのは、水を止めないで、ということだけではなく、こんなに何かに従属しながら、体を壊すぐらい働かないと生きられない社会はおかしいし、私たちが主体になって、もっと生きやすい社会をつくろうよっていうことなんです。
もっと声を上げて、盛り上げていきたいと、お二人があくまでポジティブに語っているのが印象的でした。
社会の貧困や格差を目の当たりにした学生たち
笠原さんは、埼玉県の出身で、大学進学で仙台に来ました。高校のときは、女性の社会進出に興味を持っていて、「女性でも頑張れば活躍できる」という思いを持っていたとおっしゃいます。仙台POSSEが開催した大人食堂や、フードバンク仙台の活動に参加して出会った人達のなかには、体調を崩すぐらい身を粉にして働いて生計を立てている方が多くいて、「頑張れば活躍できる」と言うだけでも暴力になってしまうような貧困の実態を見て、何とかしたいと思うようになったそうです。性別に関係なく誰もが活躍できる社会と、貧困のない、無条件に生存権が認められる社会をどちらも目指して奮闘されています。
小泉さんは、長野県の出身で、同じく大学進学で仙台に来ました。高校のときは社会問題にそれほど強く関心を持っていたわけではないそうですが、クラスの中に、すごく裕福で恵まれた生徒もいれば、家族の介護をしながら通学している生徒もいて、社会の格差を何となく感じていたそうです。「自分のためだけでない生き方をしたい」という気持ちで大学へ進み、学問だけでなく、社会の現場での取り組みを続けていらっしゃいます。
コロナ禍になって、真っ先に海外からの留学生達が働き口を失い困窮していく様を見て、「なんて脆弱な社会なんだ」と感じたとおっしゃる姿が印象的でした。
お二人が語る言葉は、フードバンクでの活動経験に裏打ちされた、非常に具体的なもので、困っているけど支援にアクセスできない人、社会の片隅で困窮している人々と出会うことで、自らの社会観・世界観を広げてきたことが伝わってきました。自分たちが見ている世界の外側の、不可視化されている存在に気付き、視野を広げていくこと。それが「政治」の第一歩なのかもしれません。
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