第69回ベルリン国際映画祭レポート(3) 突然のキャンセル。イーモウ監督の「1秒」

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=ドイツ・ベルリン】映画祭の中日に当たる週末、コンペに出品されていたチャン・イーモウ監督の『1秒』が、ポストプロダクション(撮影後の仕上げ作業)が間に合わないという技術的な理由で上映をキャンセルするという発表がありました。

今年はジェネレーション部門に出品される予定だったツァン・クォクチュン監督の『ベター・デイズ』という香港映画も、エントリーが決まった後に中国当局によって出品が取り下げられるという事件がありましたが、映画祭が始まってからのキャンセルは前代未聞。スケジュールも発表され、チケットも売られていたのに、ポストプロダクションの遅れという理由も腑に落ちないところです。ちなみに、上映は同じチャン監督の旧作『HERO』に差し替えられ、チケットの払い戻しも可ということでした。

キャンセルされたチャン・イーモウ監督『1秒』のチケット

ここからは私の推測ですが、今まで中国映画は編集段階で映画祭関係者に見せ、映画祭に出品してから検閲を通して国内配給をするということが普通に行われてきました。例えばチャン監督の『活きる』は、検閲を通さずに94年にカンヌに出品し、審査員グランプリを受賞したにもかかわらず、その後、検閲を通らず、中国国内では公開されませんでした。こうした、先に海外の映画祭で実績を作り、検閲に何らかの影響を期待するという今までの風潮に厳しく対処するため、ベルリン金熊賞1回、ヴェネツィア金獅子賞2回という輝かしい実績のある、中国を代表する名匠が標的に選ばれたのかもしれません(あるいは、チャン監督側が甘く見ていた可能性も)。これはあくまで臆測です。

『さよなら、我が息子』の記者会見。ワン・シャオシュアイ監督(左から4人目)と出演者たち

今年のコンペには中国を代表してもう1本、ワン・シャオシュアイ監督の『さよなら、我が息子』が出品されています。この映画は、不慮の事故で息子を亡くした夫婦の人生を、文化大革命という激動の時代から現在に至るまでを描いたもの。冒頭、息子が沼で溺れる場面を、遠景のゆっくりした長い移動で撮影しているのですが、このとき、私はとてつもなく懐かしい気分に襲われました。今年のコンペでは、ドイツのノラ・フィングシャイト監督の『システム・クラッシャー』やイタリアのクラウディオ・ジョヴァネッシ監督の『ピラニアたち』など、いかにもデジタル世代と思わせるコンパクトでドライな作風を見てきた目に、この長い技巧を凝らした移動撮影が、古き良き時代の名残のように写ったのです。

チャン・イーモウ監督は第五世代、ワン・シャオシュアイ監督は4歳下のジャ・ジャンクー監督と共に第六世代と言われていますが、彼らはすでに功成り名遂げた存在。この下の若い世代が大きな映画祭のコンペになかなか出てこないのが中国映画の課題でしょう。