「自分の理想の暮らしを作っているだけ」ヘアスタイリストが公園でカフェを開いたワケ

【文・写真/渡邊真子=宮城県仙台市】「公園で美味しいコーヒーが飲みたいよね」と、遊び仲間4人で話していたことを、そのまま実現してしまった会社がある。仙台市内に美容室5店舗とカフェ2店舗を展開する「GUILD INC.」の代表取締役・本郷紘一さん(36)は、その4人の内のメンバーのひとりで、コーヒーフェスやパンフェスなどのイベントを主催する会社の代表取締役・CEOも兼務している。自らが思い描く理想のライフスタイルを、仲間とともに次々と現実のものに変えていくその発想と行動力は、周囲の人々の意識を変え、公園の景色すら変えてしまう影響力をもつ。その思いや原動力は一体何なのだろうか。

「オシャレに生活する上で、美容室とカフェは欠かせないと思う」

GUILD INC.代表の本郷紘一さん。この後、美容師としてサロンへ出勤。(LIVE+RALLY PARKにて)

「ずっと経営者になりたいと思っていて独学で勉強した」という本郷さんは、20歳で美容師になり、5年間サロンで修行をした後、25歳で自身の店を出すというスピードで独立し、経営者になるという夢を叶えた。今でもハサミを持ってサロンに立つ現役ヘアスタイリストでもある。

「自分ひとりだと100人ぐらいしか可愛くしてあげられないけど、もっとたくさんのメンバーで月に何千人という女性を可愛くしていったら、仙台の『可愛い度』が上がっていく」と微笑む本郷さん。

これまでの現場や海外で学んで習得した技術の理論をもとに、本郷さんは独自のカット技法を編み出した。「頭ん中で想像して、美しいと思ったものをどうやって現実の世界で表現するか。根源はそこですね」それは「コーヒー」や「パン」についても同じだと話す。

「こんな風に美味しいと思ってもらいたいという一杯のコーヒーがあったり、こねてこねて抽出されたものがパンという形になる。そこの想像力や表現力がなかったら、美味しさだったり美しさだったり、場所や空間も作り出すことが難しいと思うんですよ」と、表現という意味では、美容室もカフェも実は結び付いているのだと本郷さんは語り、「それに、オシャレしたらカフェに行きたくなるじゃないですか?」と笑った。

「欲しい暮らしを仲間と一緒にただ作っているだけ」

「公園で美味しいコーヒーが飲みたいよね」「自転車でコーヒー屋やるのどう?」「それ面白いね!」というような友達同士4人の会話から始まったのが「SENDAI COFFEE STAND」。自転車の移動式コーヒースタンドで、公園でコーヒーを淹れたかったのだが保健所から認められず、許可が出たアーケードでのマルシェにまずは出店した。

「自分の生活圏内にコーヒー屋が欲しかったから作った」という本郷さんが、仙台市青葉区の晩翠通り沿いに「SENDAI COFFEE STAND」をオープンさせたのは、一台のカーゴバイクスタンドでの始業から、わずか7ヶ月後だった。

「やっぱり仲間がいるというのが重要で、誰かが「こういう暮らしどう思う?」って言った時に、「それいいね!」「じゃあやろうよ」となる。「俺はこれをするから、何できる?」って聞くと、「これできる」って言ってくれる。チームプレイだから早いんです」

本郷さんは、自身の事業について「自分の欲しい暮らしを設計して、それを仲間とただ作っているだけ。というのが正しいかもしれない」と話す。

「公園で美味しいコーヒーを飲みたいよね」仲間と話していたことを実現

勾当台公園市民広場に建つ「LIVE+RALLY PRAK.」は、惜しまれつつ1月13日に営業を終了。

2018年3月には、仙台市とタッグを組み、コーヒーとともに東北の魅力を発信する仮設拠点施設「LIVE+RALLY PARK.」を勾当台公園市民広場に開いた。みんなが集える公共空間(パブリック)を作りたいという思いの実現でもあった。この施設は地域の情報発信拠点としての社会実験の一環で、約1年間という期限付きの建物のため一旦解体されてしまうが、公園を訪れるこどもからお年寄りまで、屋内や近くのベンチに座ってコーヒーやサンドイッチ片手に思い思い過ごしていた。それは、まさに本郷さんの目指す「パブリック」の姿だった。

「圧倒的に『公園にカフェはあった方がいい』とみんなが思ってくれていると思うので、一旦壊してしまうんだけど、今度は実験ではなくて常設でやりたい。仙台市に『公園にカフェがある』ということを認めてもらうフェーズに行くために、一度壊す必要がある」と話す本郷さん。この後、市は公園のカフェ常設を決めた。

店内では、東北にまつわる雑貨や書籍なども販売。

「監督」と「スタープレーヤー」とのチームプレイが重要

GUILDの事業の内、美容部門を仕切るのは、本郷さんと専門学校時代の同級生とのツートップ。「SENDAI COFFEE STAND」の店舗は、昔からのキャンプ仲間の友人が切り盛りし、「LIVE+RALLY PARK.」では、高校時代の親友がリーダーを務める。行政とのやりとりやイベントの主催などは、自身が代表を務める「せんだいディベロップメントコミッション株式会社」(以下、SDC)が担っている。

「GUILDもSDCも両者があるからこそ、色んなことが出来ている。それぞれに実行する主役がいて、その人たちが輝けるような環境をつくることが大事」それが自分の役目だと本郷さんは話す。
「自分はコミュニケーションが苦手だが、マインドやビジョンで未来を構築することが得意で、仲間はみんなコミュニケーション能力が高い。それぞれの分野にシュートを決めるようなスタープレーヤーがいて、自分はいい戦略を立てる監督みたいな立場だと思う」

本郷さんはそう言って、「スタープレーヤーは、経営の勉強とかしないと思うんですよね」と笑った後、「まだまだ監督として力を発揮できていないから、挑戦をやめずにもっと成長したい」と語った。

この日本郷さんが持ち歩いていた本とコーヒー。勉強のためにも様々な種類の本を常に読んでいるという。

コーヒーが街の豊かさに気付かせてくれる

杜の都のシンボル的スポット「定禅寺通の遊歩道」をメイン会場に行われるコーヒーフェスやパンフェスは、SNSでの告知のみにも関わらず、毎回大勢の人で賑わう大人気イベントだ。

「コーヒーフェスで美味しいコーヒーを飲んだ時に、あ、定禅寺通ってすごくいいなって、何万人もの人が気付いたと思うんです」

ケヤキ並木の下で飲む一杯のコーヒーが、もともとあるものの良さをちゃんと気付かせてくれるのだと、本郷さんは語る。「コーヒーを介した時に、街の本当の豊かさに気付くというか…。コーヒーをきっかけに、ちょっとでも豊かな時間を感じてもらえたら」というのが、カフェを始めた理由のひとつでもあるようだ。

街をひとつにする言葉「一杯のコーヒーが街を豊かにする」

「『一杯のコーヒーが街を豊かにする』という理念をスタート当初からもっていて、ただひたすらそれを言い続けていました」という本郷さん。

A cup of coffee fills our city.
一杯のコーヒーが街を豊かにする。

そのフレーズは、いつしかこの街に暮らす人々の共感を得て、行政を動かし、公園にカフェを誕生させることになった。「大きな樹の下で、美味しいコーヒーが飲めることを日常にしたい」という本郷さんのビジョンの通り、公園や遊歩道や街角のベンチで、テイクアウトカップ片手に寛ぐ人々の姿が、杜の都仙台の街の当たり前の光景になっていくのだろう。

SENDAI COFFEE STAND

LIVE+RALLY PARK. <2019年1月13日閉店>