震災の遺族、苦しみを抱え生きる人々の「いのり大佛」建立を。石巻市門脇の住職のプロジェクト、2年後の実現へ賛同広がる 

寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】東日本大震災から間もなく13年。あの日の津波で被災し、毎年大勢の犠牲者を供養する石巻市門脇町の浄土宗西光寺で、「いのり大佛(だいぶつ)」を建立する準備が進んでいる。死者と生者の魂を救う阿弥陀如来で、光背を含め高さ5㍍の座像となる。プロジェクト代表の樋口伸生住職(61)は「遺族の終わらぬ悲しみ、新たな災害や病気、自死、戦争など、あらゆる苦しみを抱えて今を生きる人の祈りを受け止め、心の救いとなる場を」と呼び掛け、門脇小近くの「祈りの杜(もり)」に2年後の建立を目指して勧進の活動に取り組む。全国の同門の寺の仲間や、津波でわが子を亡くした地元の「蓮の会」の母親ら、賛同や協力の輪が広がっている。 

本堂の天井に届く「大佛」の絵 

「檀信徒の横死者、行方不明者は172名に上りました。甚大な被害は広域にわたり、檀信徒の実に7割が被災。家屋は一瞬にして流出、焼失し、寺の墓石のほとんども痛ましい姿になってしまいました」「人々の悲嘆は癒えることはありません。参列者と共に、亡くなられた人々と動植物やすべての命の仏果増進を真心込めてお祈りいたします」 

5年前の3月11日、西光寺の本堂で営まれた津波犠牲者九回忌法要で、黒い喪服の檀家衆が手を合わせ読み上げた表白(供養願文)の一節。取材した筆者の耳から今も離れない。西光寺の追悼法要は毎年、3月11日の朝と午前2時46分の2回、広い本堂を埋めるほどの参列者、各地から参じる僧侶の「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」の念仏が響き続ける。その一角にはたくさんの位牌が並ぶ「震災檀」があり、愛する者を亡くした人々の終わることない痛みを伝える。  

西光寺本堂の一角にある「震災檀。いつも祈る人がいる=2023年1月11日

その本堂に今、高い天井に届くほどの「いのり大佛」の絵が飾られている。あらゆる人の魂を救い、西方浄土に導くという阿弥陀さまの座禅姿で、その穏やかな表情、たたずまいは、筆者もかつて拝した京都・宇治平等院の阿弥陀如来坐像(定朝作の国宝)を思い起こさせた。 

「いのり大佛」の絵の前で(右から)樋口住職、鈴木さんと語り合う吉水さん=西光寺本堂 

「また逢える」の言葉から 

「震災からもうすぐ13年になるが、風化とはどこの世界の話か。寺に集う人たちは祈り続けている」と樋口さんは話す。傍らで「いのり大佛」を見上げる鈴木由美子さん(54)は、小学6年の三男秀和さん=当時(12)=を津波からの避難途中に亡くし、絶望の渕にあった時に枕経に訪れた樋口さんの言葉に救われた。 

「極楽浄土の蓮の葉の上で、秀和くんは待っている。与えられた命を精いっぱい生きれば、また逢える」。再び生きようと誓った鈴木さんは、子どもを亡くした同じ境遇の母親らと「蓮の会」をつくり、翌12年から毎月11日の月命日ごとに西光寺に集って祈り、思いを分かち合い、寺を訪れるさまざまな人々と交流している。 2024年が明けた1月11日の「蓮の会」でも、鈴木さんは樋口さんの講話に耳を傾け、集った人たちと共に「南無阿弥陀仏」をひたすら唱え祈った。 

「南無阿弥陀仏」をひたすら唱え祈る鈴木さん(奥から2人目)ら参加者たち=西光寺本堂 

「蓮の会では、先だった人に再会するまで、つらく苦しくとも生きて祈ろう、と一緒に念仏を唱える。彼女たちと平等院を訪ねる機会があり、阿弥陀さんと向き合い祈りを受け止めてもらえた思いになった。被災地にこそ、誰もが祈れる場があれば-。そんなことを語り合ったのが、『いのり大佛』建立を思い立つきっかけだった」。樋口さんはそう語った。 

「蓮の会」の母親たちや各地からの参加者の前で講話を行う樋口住職=2023年1月11日、西光寺本堂

昨年3月11日、建立プロジェクト始動 

「いのり大佛」のプロジェクトが始動したのは昨年の3月11日。代表となった樋口さんが西光寺で、勧進僧(全国を巡って建立の寄付を募る僧侶)代表の吉永岳彦さん(45)、鈴木さんらと共に発表会を催し、と2年後の3月11日の目標に、寺の墓域に設けられた慰霊の広場「祈りの杜」に建立する計画を明らかにした。 

鈴木さんはいつも、秀和さんにまた会える日のために日々良い行いを-と願いながら、わが子の夢を見て、朝が来ると深い絶望感に苦しんできたという。「心の中で吹き荒れる嵐を押し込めながらの生活は、とても苦しく、自分の力では抱えることができません。この想いを受け止めてほしい、支えてもらいたい、助けてほしい」。そんな大きな存在がいつもそばにあってほしい―と遺族が求めるもの、建立に賛同する思いを趣意書につづった。 

「蓮の会」の後の交流会で「いのり大佛」について語り合う(右端から)吉水さん、樋口住職ら=西光寺 

吉水さんは東京・浅草の浄土宗光照院住職で、地元の路上生活者らの支援に献身してきた。樋口住職が吉水さんの活動に参加したのが縁で、東日本大震災の際は仙台拠点の支援チームのメンバーとなり、牡鹿半島の避難所も巡った。「いのり大佛」の勧進を樋口さんから託され、これまで長崎県五島など全国の十数カ所の寺を訪ねて、地元の住職や信徒と対話を重ね、またキリスト教の教会にも協力、参加を呼び掛けて歩く。吉水さんは思いをこのように話す。 

「災害だけでなく、病気でも自死でも戦争でも、大切な存在を失った人の多くは、その別れの苦しみをどう受け止めたらよいのか分からずにいる。『いのり大佛』は石巻に建立されるけれど、新たな災害も次々と起きる今、誰にとっても我が事として考えてもらいたい」 

勧進の目標は当初の5000万円から、世の原材料費高騰を受けて6000万円に増しているが、「賛同も広がり、いま半分まで届いている」と吉水さん。 

亡き人、生きる人、新たな被災地にも 

建立の予定地の「祈りの杜」は2014年3月、遺族と慰問者が宗教の違いに関係なく震災犠牲者への祈りを捧げられる場所として設けられた(約200平方㍍)。樋口さんら仏教、キリスト教、イスラム教など多様な宗教関係者、墓地の復旧に携わった石材業者の有志、地元の遺族、ボランティアらが参加し、自然石の舗装と植栽で彩った。津波で失われた門脇町、ひばり(雲雀)野町、南浜町の名と「祈りの杜 哀と愛と逢と…」の文字を刻んだ石碑、仏像や聖像も置かれている。背景に震災遺構の旧門脇小校舎があり、眼前には石巻南浜復興祈念公園が広がっている。 

「多くの人が亡くなり、いくつもの街々が流された場所なのに、遺構や公園はあっても、見学者はたくさん来ても、そこにいた人の姿は見えず、声も聞こえない。何も学べないも同じだった。『いのり大佛』が建立されれば、近隣のどこからでも姿を仰ぐことができる。誰でも祈りに立ち寄り、また亡くなった人たちにつながれる、そして痛みを抱えながらも希望を持って生きる人々がいることも学べる。あの震災を体験しない世代も増えるこれから、誰にとっても大切な場所になる」 

「いのり大佛」が建立される「祈りの杜」。背景は震災遺構の門脇小学校

西光寺には、制作を手掛ける佛師村上清さん(神奈川県在住)から実物の6分の1の石こう像が届き、愛知県の「花沢石」産地で材料の切り出しも行われたという。 

西光寺をこの取材で訪ねたのは1月11日。鈴木さんら蓮の会が樋口さんの講話を聴いて祈り、各地の僧侶、支援者らと交流し語り合った。その晩も、樋口さん、吉水さんらは、今年元日に起きた能登地震の被災地、七尾市で全壊した浄土宗の寺の住職夫妻とオンラインでつながり、これからの寺の復旧と、傷ついた檀家や地域の人々のためにどんな場にしていけるかを語り合った。「いのり大佛」への思いは、3月11日を前に、新たな苦難を背負った被災地にもつながっている。 

*「いのり大佛プロジェクト」の問い合わせ先は、西光寺(986-0834 石巻市門脇町2-8-3、電話0225-22-1264 Email:saikouji5678@yahoo.co.jp)

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