【PR記事】秋田県湯沢市の南東部の小安峡には、深い渓谷に沿って大小10軒ほどの温泉宿が立ち並ぶ。四季折々の自然美に恵まれ、長い伝統を守り継いできたこの地で今、新たな「挑戦」が始まろうとしている。温泉街の「内なる魅力」を引き出し、向上させるべく、地域の若手が立ち上がった。
スキー場の廃止という地域の一大事をきっかけに「自分たちの地域は自分たちで考えなければ」と奮い立ったのは、温泉宿の若き後継者。内なる魅力をさらに磨き上げ、小安峡の誇りと伝統を次代に引き継いでいくための、模索と実践を始めている。
明日への一歩を踏み出した小安峡は、挑戦のいで湯である。
(タイトル写真:佐藤忠明さん提供)
可能性を引き出す「種まき」を。若手は立ち上がった
「小安峡はすごく豊かな土地。温泉、食べ物、水。この豊かな土壌に、僕らは種をまくだけ。そうすれば芽が出て、どんどん地域が良くなっていくんじゃないかな」。
温泉宿「元湯くらぶ」の佐藤忠明さん(48)は2018年夏、「山の民宿 鳳」の藤原哲也さん(34)らと共にNPO法人Sowing(ソーイング)を立ち上げた。Sowingは「種まき」を意味する。これから少しずつ、小安峡という土地に可能性の種をまき、地域を良くしていきたいという思いを込めた。法人には小安峡以外に暮らす人も加え、地域の垣根を越えた展開も視野に入れる。普段は別の宿の経営に携わるライバル同士でもあるが、藤原さんは「ライバルと言えばそうだけど、それだけじゃないよね。お互い2代目だから昔のしがらみも関係ないし」と語る。
きっかけは、市が温泉街にあるスキー場の廃止方針を打ち出したことだった。スキー客の減少により採算割れが続き、施設の改修費もまかなえなくなったことが原因だった。温泉街にとって、冬季の貴重な集客施設であり、地元の子どもたちを育ててきた場所という意味合いも大きかった。危機感を持った佐藤さんは廃止反対運動の先頭に立ち、藤原さんも、競技スキー経験者、父親としての立場から存続を訴えた。
しかし、佐藤さんらは地域の温度差に直面することになる。反対署名への協力を求めても、「自分はスキー場と関係ないから」という住民が多く、地域の一大事に対しても無関心と無力感が広がっていることにショックを受けた。結局、スキー場の廃止は決定し、平成最後の冬、小安峡からはスキー客の歓声が消えた。
「自分たちが暮らす地域のことは、自分たちで考えなければ」。佐藤さんの胸に深く刻まれた経験が、これまで小安峡に抱いてきた思いに呼応し、次なる行動に結びついた。Sowingの設立である。
地域の内と外をつなぎ、魅力を発信する
Sowingの最初のミッションは、温泉街のほど近くにあるキャンプ場などの複合施設「とことん山」の再生である。閉鎖されたスキー場もとことん山の施設の一つだった。冬の賑わいの核を失った場所に、地元の人たちがもう一度関心を持ち、四季を通じて多くの人たちが訪れるようにするにはどうすればいいのか、模索を続けている。
佐藤さんたちは2018年秋、最初の「種まき」をした。とことん山をメイン会場として「ファーメンテーターズ・ディナー(発酵人晩餐会)」を開いた。湯沢市の誇る文化である「発酵」をテーマに市内各地で開かれたイベントの一環として開催。日中は温泉と地域の関わりを探る街歩き、そして夜は発酵食品を中心とした地元の食材や酒をとことん山キャンプ場で味わった。
市街地から離れた、夜闇に包まれたキャンプ場で味わうディナーは格別なものだったという。地元の食文化の魅力ととともに、とことん山という空間の魅力を広く発信することにも成功した。
イベントには、小安峡と地域の外の人々との間に新たな関係性を作るという目的もあった。藤原さんは「小安のことは自分たちが一番よく分かっているけれど、地元だけでは担い手が足りない。他の地域の人たちと一緒にどんどん色々なことを仕掛けていきたい」と語る。
ゆるやかな変化と外からの風に期待を込めて
Sowingの手がけるプロジェクトは、とことん山だけにとどまらない。今後も、源泉と沢水との温度差を利用した発電の実証実験や、他の地域との連携など、構想は膨らんでいく。行政ばかりに頼るのではなく「自分たちの街は自分たちで考える」、そんな地域に生まれ変わるための「種まき」である。
佐藤さんは「いろいろなことをやっている姿をまず地域の人に見てもらうのが一番じゃないかと思う。そんなに急いで変わる必要は無いが、いろいろな取り組みを通じて関わりを増やしていけば、いずれ、地域の人の見る目も変わってくるはず」と、ゆるやかな変化に期待を込める。
地域の内側からの変化に加え、佐藤さんたちがもう一つ期待するのは外からの風である。地元で長く暮らした人には分かりにくい、潜在的な魅力や価値に気づき、小安峡に新しい風を吹き込んでくれる存在だ。
佐藤さん自身も東京出身で、結婚を機に小安峡で暮らし始めた。豪雪に閉ざされ地元の人の心を重くしがちな冬だが、佐藤さんはこの季節を愛してやまない。「確かに雪寄せは大変だけれど」と前置きしつつ「空気が澄んで、音のない世界にずっと雪が降りしきっている雰囲気。それに、ほのかに感じる雪のにおいが好きだ」と語る。
自身と同じように、この土地を心から好きになり、関わりをもってくれる人を心から歓迎するつもりだ。「今までは皆忙しくて、行動できる人が少なすぎただけ。ここには新しいことを始めようとする人を邪魔する人もいないし、最初はゆるく始めて、コミュニティを少しずつ広げながら関係性を作っていってほしい」と微笑む。
地元で生まれ育った藤原さんも「外の人も中の人も含めて、地域をよくかまして(かき混ぜて)ほしい。そうだね、必要なのはやる気、勇気、行動力、だすな」と笑う。
そして2人は口を揃えた。
「これから楽しいことをいっぱいできると思う。それを一緒に楽しみながらできる人に来てほしいですね」。
長い伝統と四季折々の魅力を持つ温泉街は今、少しずつ生まれ変わろうとしている。地域に可能性の種をまき、理想の地域像に向けてのゆるやかな変化を楽しみながら、共に実りを喜び合いたい。この冬も白銀に包まれた「挑戦のいで湯」で、若い志は「春」を見据える。