市民が美術に触れる場所といえば、やはり美術館や博物館が思い浮かぶ。しかし、仙台の街中にはふらっと立ち寄れる場所、美術を扱うギャラリーもあるのだ。あるひとりの男性が美術と市民をつなぎたいと願って開いた、明るく落ち着いた空間を訪ねた。【山口史津/東北ニューススクール】
定禅寺通の角にたたずむ、ひとつのギャラリー
「美術品は、見る人が主役」。市民と魅力ある作品の出会いの仲人になりたい――そんな思いで開いた画廊は、8月に3周年を迎えた。
阿部敬四郎さん(61)は、仙台三越アートギャラリーでの40年近い勤務経験を活かし、2013年8月29日、株式会社阿部敬四郎ギャラリーを開いた。責任をもって美術品を展示するため、自らの名前を冠した。開催した企画展は60を数える。
地下1階のガラス戸の奥に、白い壁の柔らかい明るさに満ちた空間が広がる。同ギャラリーは、定禅寺通と一番町四丁目アーケードが交わる一角にある。せんだいメディアテーク、東京エレクトロンホール宮城が並び、青葉まつりや光のページェントの会場となる定禅寺通は、文化を発信するギャラリーを構えるにはもってこいだ。
阿部さんは1933年の仙台三越開業から続くアートギャラリーで、国内外の美術品の展示に携わってきた。展示品の組み合わせや配置が練られた場で、写真ではなく直接作品をみる良さを知り尽くしている。照明や場内の音楽、絵や彫刻の素材の質感も同時に味わう―「五感を使ってみてほしい」。仙台の大通りで市民が美術品を直接目にする場を提供することは、まちづくりにも貢献すると考えている。
美術と人を、つなぐ人
訪れた人と、作品について会話を交わすことも重視している。絵画や彫刻に蒙(くら)い人ほど、発見が多いのではないだろうか。作品と人の間に立って良さを伝える「仲人」を自負する。
取材した9月10日は、3周年記念の「ブロンズ作品による大森暁生の世界展」の期間中だった。小さな銅像が並ぶ様子だけをイメージしていた私は、額縁から飛び出す鳥や竜に、良い意味で期待を裏切られた。
額縁におさまっているのは、木板や紙ではなく鏡だった。その少し暗い鏡面から、手前に縦に半分のブロンズ製のカササギ(青みのある羽をもつカラスの一種)が羽を広げる。ブロンズは鳥の体半分、残り半分が鏡に映り、額と壁に刺さるような位置で、壁に水平にカササギが飛んでいる格好だ。壁に近づき横から覗き込むようにしてみると、完璧な線対称のカササギがこちらに向かっていた。
私は作品の立体感、鏡面を利用するアイデアにすっかり感激し、カササギを眺めていた。羽が上向き、下向きの二つの作品が対になり、完成する。ブロンズの重そうな質感が、カササギの胴体や羽の艶を的確に表現していた。阿部さんの「ちょっと何か気づきませんか?」との声に、少し現実に引き戻されたようだった。一目見ただけでは気づかない作品の特徴を、阿部さんは少しずつ解説する。
鏡に手のひらを映したとき、手の甲まですべて見ることはできるか。私は帰宅した後も鏡を取り出して、映った手の形とにらめっこをすることになる。鏡面の真横から覗き込んでも、鏡に接する反対の位置は見づらい。ブロンズのカササギは縦の断面で鏡に接し、目は接する面の反対にある。しかし作品では目も翼も隠れず、鳥の形のバランスも崩れることなく鏡の中を含めて完成された形になっている。鏡はガラスではなくステンレスで出来ており、そのために鏡面が少し暗いということだ。
「あなたの説明をまた聞きたい」が、何よりうれしい
「あなたの説明をまた聞きたい」と言われた時が、阿部さんにとって何よりもうれしい瞬間だ。アルメニア出身の観光客がギャラリーに立ち寄り、展示品を購入して帰りたいと関心を持ってくれたこともある。仙台で人と美術の出会いに貢献していると思えるのが、何よりのやりがいだ。
この日、外では定禅寺ストリートジャズフェスティバルの真っ最中だった。時折地下にまで音が聞こえてくる。9月末からは3日間、仙台クラシックフェスティバル(せんくら)が開かれた。仙台の街中で音楽を楽しむイベントは定着しつつある。音楽を楽しむように、市民が美術品を楽しむようになるのが一番の願いだ。
美術は商売ではなく文化だ、との思いでギャラリーを開いている。店長は妻の千明さんがつとめる。二人三脚であるからこそ、3周年を迎えることができたと振り返る。全国で活躍する作家の作品を紹介してきたが、今後は仙台ゆかりの作家の紹介も増やしたい。
市民が美術品を知るための、物差しの役割を目指す。多くの美術品と出会い、本当に惚れ込んだ作品は購入して自分の部屋に置くのも良い。「空間を楽しむことは、プラスの経験。人生が豊かになる。私はね、仲人だから」。主役はあくまで見る人と作品。「自信をもって美術品を見てほしい」。ギャラリーに足を運ぶ市民を待っている。
*株式会社阿部敬四郎ギャラリー
仙台市青葉区一番町4-10-16 地下1階