チリのパッチワーク「アルピジェラ」が伝える苦難の経験 仙台で展覧会、震災被災地との回路をつなぐ試み

【平間真太郎(フリージャーナリスト、元朝日新聞記者)明るく輝く太陽、青々とした山並み、黄色や橙色、水色などであしらわれた建物、そこで暮らし、働く人々――。そんな光景が、色鮮やかな布の端切れや古着の一部などを使い、パッチワークで表現されている。南米・チリの貧困地区に暮らす女性たちが中心になって作った「アルピジェラ」だ。

 日本ではなかなか目にする機会がないアルピジェラを紹介する展覧会「記憶風景を縫う ~チリのアルピジェラと災禍の表現」が5月30日から6月12日まで、仙台市の東京エレクトロンホール宮城で開かれると聞き、実行委員の一人、東北学院大学教養学部の酒井朋子准教授(人類学)を訪ねた。

独裁政権の苦しみを乗り越える一筋の光「アルピジェラ」

 研究室で酒井さんが色とりどりの布を使って作られたアルピジェラを見せてくれた。アルピジェラを作る作業所に女性たちが集まっている光景や断水に見舞われた人々が桶を手に近隣の家々から水を分けてもらいに行く場面など。「明るさ」「素朴」などの言葉が浮かぶ。お世辞にも洗練されているとは言えないが、作り手の心象風景が見る者にストレートに迫ってくる。一見牧歌的に思えるのに、単に生活風景の一コマを切り取った作品とは異なる印象を受けるのはなぜだろう。

「アルピジェラの作業所」(写真提供:大島博光記念館)

「アルピジェラが広まった背景には、1973年から90年まで続いたピノチェト大統領の軍事独裁政権による人権侵害や言論の自由の抑圧という苦難の経験があるんです」。酒井さんが教えてくれた。

この軍事独裁政権はチリの人々に「破壊的な経験」(酒井さん)をもたらした。政権に反対する左派の人たちなどが弾圧され、軍政期に3千人以上が死亡・行方不明となった。厳しい思想統制が敷かれ、拷問などの人権侵害が横行し、国外に亡命する人が相次いだ。

凄惨な社会状況の中、家族が投獄されたり殺害されたりした女性、貧困にあえぐ女性たちが、苦境を乗り越えるために助け合いながらアルピジェラを作った。女性たちの痛切な思いが一針一針に込められている。それでも多くの作品に太陽が輝いているのは、人々が希望を失わないことの表れだろうか。

アルピジェラは支援団体を通じて国外でも販売され、女性たちの貴重な収入源になり、独裁政権の所業を国外に知らせることにもなった。「女性たちが集まる地域の作業所は、よもやま話の中でそれぞれの経験を語り合う場にもなっていました」と酒井さん。やりきれない思いや自らの苦境を吐露できる場所でもあった。

「断水」(写真提供:Conflict Textiles)

東日本大震災の経験にも通じる手仕事による表現

 思えば、東日本大震災の被災地でも、仮設住宅の集会所などで被災した女性たちがアクリルたわしやニットなど、様々な手芸作品を作る活動が見られ、今も継続されているものがたくさんある。

 酒井さんが指摘する。「震災後に手仕事の活動が広がったのは、自立支援という経済的な効果だけでなく、仕事を奪われ手持ち無沙汰になった時間を埋め、さらにそれぞれが抱く思いを語り合う場にもなっていたからではないでしょうか」

 軍事独裁政権下の人権侵害や貧困、片や地震・津波という自然災害による被害。災いの原因は異なるが、苦しみや悲しみの経験の表現として相通じるものが感じられる。

 今回の展覧会には約30点のアルピジェラと関連する布製作品5点が出展される。その中には北アイルランドの作家が東日本大震災をテーマに作り上げた作品や、内戦から逃れるために中東から欧州に渡る難民を表現したスペインの作家の作品もある。これらは、アルピジェラに触発され、苦しむ他者への共感を裁縫作品に落とし込んだものと言えるだろう。

 「アルピジェラを知ることで、破壊的な経験への向き合い方や困難な経験をした他者への共感などについて考えるきっかけになればいいと思います」と語る酒井さん。一人ひとりの個人的な経験や思いを縫い込んだアルピジェラが、他者へと通じる回路を開く可能性をはらんでいる。

 展覧会「記憶風景を縫う」は入場無料。5月30日午後1時からオープニングレセプションとガイドツアーがある。6月3日には午前10時からアルピジェラを作るワークショップ(要予約)が開かれ、午後2時からはアルピジェラの作り手と長年関わってきた研究者・人権活動家のロベルタ・バチチさんを交えたシンポジウムもある。9日午後7時からは「東日本大震災と手仕事」と題したトークイベントも開かれる。いずれも参加無料。予約や問い合わせは「記憶風景を縫う」実行委員会(arpilleras@survivart.net)まで。同展は7月上旬に京都、8月末から9月初旬には長崎でも開催される。

酒井准教授の研究室を訪ねると展覧会で紹介する予定のアルピジェラのいくつかを見せてくれた(平間真太郎撮影)