観察映画の想田和弘監督に聞く/第68回ベルリン国際映画祭報告(4)

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】今年、フォーラム部門で『港町』、批評家週間で『ザ・ビッグハウス』という新作2本が上映され、注目を集める想田和弘監督。『港町』は、岡山県の牛窓を舞台にした観察映画第7弾で、前作『牡蠣工場』の撮影途中で老漁師に出会ったことから偶然生まれた、観察映画の真骨頂のような作品です。これまで『選挙』、『精神』、『演劇1、2』と、ひと言でテーマのわかる作品を撮ってきた想田監督が、“港町”という漠然とした対象にカメラを向けたことで監督自身の視点がより鮮明に見えてくる、より作家性の強い作品になっていました。また、第8弾『ザ・ビッグハウス』はミシガン州アナーバーにあるミシガン・スタジアムを舞台にした、想田監督が初めてアメリカを撮った作品です。観察映画という唯一無二の領域を邁進する想田監督にお話をうかがいました。

-初めてお会いしたのはナント三大陸映画祭で、観察映画第1弾『選挙』のときだったんですが、あの頃から日本の状況はかなり変わってきました。想田さんのように外から見ている方が、変化がよく見えているのではないかと思いますし、日本で映画を撮っていて、肌で感じることもあるかと思います。

このままだとヤバイ。民主主義

想田:思えば2007年は、すごく脳天気でした。『選挙』は政治の映画ですが、それによって何かを暴こうとか、そういう気持ちは全然なかった。すごく牧歌的に撮ってました。「へー、自民党の選挙ってこうなんだ」みたいな。もちろん撮っている過程で、「あれ、いいのかな、こんな雰囲気でやってて。民主主義って言っているけど、その土台がこんなので、果たしていいんだろうか」みたいな疑問が湧いて、それが映画にまとめるうえでテーマになっていく。それによって日本の民主主義の状況に対して疑問が湧いてくる。そういうことはあったんですが、でも、現実的な危機というより、「このままだとヤバいよね」ぐらいの、まだ余裕を感じてました。本当は余裕なんかなかったはずですけど。

土台の腐食に危機感

-日本人全体に危機感がなかったでしょうね。

想田:なかったんです。僕みたいな危機感の塊みたいな人間に危機感がなかったんですから。僕が危機感を感じ始めたのは2011年以降です。原発で事故があって、それに対する日本社会の対応の仕方とか、政治状況とか、どんどん右傾化していくところで本格的な危機感を感じ始めました。でも、実はもうその土台みたいなものは『選挙』のときに全部映っている。デモクラシーの土台みたいなものは、もう腐食してたんです。

-『港町』のように、いずれは今の日本を描こうと考えていたんですか?

想田:それは前面にはないですが、必ず今の日本を描くことになるだろうとは思っていました。テーマを設定しなくても、「これは」と思ったものにカメラを向けていると、必ず背景にそういうものが映り込む。あえて意識するというより、当然そうなるんです。『ザ・ビッグハウス』もスタジアムを撮っているんですが、アメリカが映っちゃう。今のアメリカというか、アメリカの病理とか、すごいところとか、全部映っちゃうんです。観察映画を撮るときには必ず個人とか小さい世界を対象にするんですが、小さい世界を撮っていても、必ずもっと大きい社会の状況が入れ子構造のように、縮図のようにあって、あぶりだされてしまうというか、見えてきてしまう。見えてきたら、僕も意識して鮮明に描こうと思っているんです。

映画館がなくなったらどうする?

-『港町』で魚屋のおばさんが言う「後期高齢者だから」という言葉に、今の日本の生なところがすごく出てきた感じがしました。

想田:よく考えると、大変な言葉ですけど。

-日本の映画の状況で変化を感じることはありますか?

想田:それはあります。状況はどんどん悪くなっていますね。2007年に『選挙』を上映し始めたときは、すでに地方の劇場はどんどん潰れるだろうと言われていました。みんな青息吐息でやっていたので。今まだ残っている劇場があるってことが奇跡と思えるくらい、みんなギリギリでやっていますよね。映画館の支配人がもぎりから映写から全部一人でやるようなところでも上映させてもらったりするんですけど、かろうじて映画の愛だけで運営されているような映画館って多いじゃないですか。アート系の上映館もどんどん閉まっている。僕は映画館で映画を見るという形態にすごく惹かれて、この世界に入ったということもあり、そういう場がなくなってしまったら、どうするのかなという不安があります。

夜の上映に客が入らない

-アメリカではどうですか?

想田:アメリカも似てると思いますね。全体的に映画の人口は減っているんじゃないですか。日本の状況で気になのは、夜の上映にお客が入らなくなったことです。ここ近年の現象で、2007年のときにはまだニュースだった。「なぜか最近、夜、お客が入らない」って、劇場の人たちが言うんです。普通働いている人は仕事が終わって7時とか7時半の回に行くじゃないですか。なのに、その回が一番入らなくて、入るのは10時とか11時だったりする。これは日本以外では、まずない現象です。ベルリンだって、昨日、批評家週間で『ザ・ビッグハウス』を上映しましたが、ディベートが長引いて、深夜12時になってしまったのに、まだ人がわんさかいる。今、日本ではありえない光景です。

-今は銀座でも12時になると人がいません。

想田:それだけみんな疲弊してるんです。働く人が映画を見る時間がない、あるいは気力がない、お金がない。理由はどうあれ、とにかく働く人が映画を見なくなった。それはもう相当ヤバい状況なんじゃないでしょうか。

-どこかでこの流れが変わらないかなとずっと思ってるんですが、何かいいアイデアはないですか?

想田:僕が出来ることは自分の映画を見応えのあるものにすることくらいです。面白い映画がいっぱい出てくれば、映画って面白いんだなと思ってくれる人が増えるだろうし、そうでないとお客が離れるだろうし、僕ら作り手には、そういうことくらいしか出来ないでしょうね。

-今のところ『ザ・ビッグハウス』が最新作ですが、その次は?

想田:もう撮影が済んでいるものがあります。

-観察映画、素早いですね。

想田:もう電光石火のごとく(笑)

-ご自分で全部ファイナンスからやっていると、前の映画の収益が入ってこないと生活が苦しくなりませんか?

想田:それが不思議なんですが、今のところ大丈夫なんです。それ以外の仕事はしていないし、贅沢はしてないですけど、まあ何とか回っていってます。

色調整、英語字幕も監督の仕事

-秘訣は何ですか?

想田:1つはコストを下げること。自分で全部やります。撮影も録音も自分でやるし、整音も自分でやりますし、色調整も自分でやります。英語字幕も自分でやりますから。

-出来ないことを聞いた方が早そうですね。

想田:カメラを作ったりは、さすがに出来ないですね(笑)それにDCPを作るところはさすがにお願いしますから、ちょっとコストがかかります。でも、それぐらいのローコストで手作りのように作っていると、それほどお金を儲けなくても何とか回っていくんです。しかも、僕の場合は全部インディペンデントで、製作費を自分で出している分、著作権を全部自分でもっているので、今でも昔の映画が上映されたりすれば、そんなに大きい額じゃないですが、上映料が入ってくる。そのお金があると随分違います。今9本目を撮りましたが、前の7本、8本が仕事してくれているわけです。靴屋の小人みたいに(笑)

-知らないうちに稼いでくれるんですね。でも、大勢の人には勧められない。想田さんだから可能なのでは?

想田:それはそうだと思います。観察映画の方法論もみんなに合っているとは全然思わない。作家それぞれが自分に合うやり方を見つけて、そうやって作家になるんだと思っています。

相互に関連する作品群

-想田さん自身が観察映画なんでしょうね。作品1本1本も想田さんですが、すべてのフィルモグラフィーが揃ったときに想田さんという作家全体が出来上がるような。

想田:それを目指しています。1本の長い、製作中の映画を作っている感覚があるんです。第1弾、第2弾とやってきて、それぞれ完結はしていますが、お互いが関係しているというか、実際に関係がある。今回の『港町』に、かなり意図的に入れたシーンですが、規与子(想田監督のパートナーで製作の柏木規与子さん)が牡蠣パーティをやろうと言いだし、どうせだから今までお世話になった人も呼ぼうとなって、『精神』の山本先生とか、規与子のお父さんお母さんとか、『Peace』の主人公が出てくる。そこに現在の主人公のワイちゃんとかクミさんが来て、一緒にガヤガヤやっているという、実はシュールなシーンなんです。『精神』や『牡蠣工場』、『Peace』へのつながりがある。お互いがお互いをレファレンスし合うように作ってはいるんです。

-あのシーンが観察映画の交差点で、そこからまたどこかへ行くんですね。

想田:新旧ウルトラマンみたいなもので、新しいウルトラマンに懐かしいウルトラマンが出てきたりするんです(笑)(2月17日、ベルリンにて)

東京のシアター・イメージフォーラムで『港町』は4月から、『ザ・ビッグハウス』は6月からロードショー、以後、全国で順次開されます。

写真は想田和弘監督。フォーラム部門の上映会場シネ・スターに貼られたポスターの前で。