【ウクライナ人ジャーナリスト特別寄稿】ロシアのウクライナ侵攻から1年半「この戦争が終わるために必要なのは」

昨年2月24日、ロシア軍が隣国ウクライナに軍事侵攻を始めてから1年半が過ぎた。ウクライナ軍の「反転攻勢」が焦点になった最前線の戦いは、終息に近づくどころか、激しさを増している。いったい、報道の向こうの現実とは、これから起こりうる未来はどうなるのか。米国ニューヨークでウクライナ語放送に携わる同国のジャーナリスト、アンドリー・バルタシェフさんが最新のコラムを「TOHOKU360」に寄稿してくれた。 (原文英語、訳・寺島英弥) 

楽観的だった「反転攻勢」報道 

アンドリー・バルタシェフ(在米ウクライナ人ジャーナリスト)】「なぜ、私たちはまだ勝てないの? 夏までには勝っているだろう、と私は聞いたのに…」 。母国ウクライナで、友人のジャーナリストが一人の女性からこう問われたという。彼はロシアのウクライナへの侵略を、2014年(注・クリミア半島が一方的に併合された)から取材している。 

そう考えるのは彼女一人ではなく、多くのウクライナ人が母国と海外の両方のメディアにだまされている、と私は考える。それはウクライナ軍の「反転攻勢」をめぐり、過去ひと月、あるいは数週間での勝利を期待する怒号のような報道によってだった。 私は、彼のような謙虚な思いを親しい友たちとSNSも通して交わしており、ここ最近の報道には理解しがたいものがあると感じる。なぜ「反転攻勢」を声高に宣伝するのか、何のために?失敗させるためにだろうか? 

昨年、ウクライナ軍の反転攻勢は、ハルキウ、ヘルソンの両地方と他のいくつかの地域の解放に成功し、それが戦争の帰趨全体へ楽観的な見方を広げた。士気高いウクライナの兵士たち、欧米諸国からの軍事支援、莫大な、無尽蔵への国際支援―それらは、何ら悪い結果につながるはずがないように見えた。たぶん、これらすべての要因が、何人かの専門家に緊張の緩みと、早期の勝利を予見させるような楽観論をもたらしたのだ。彼らはさらに、クリミアの黒海でこの夏、海水浴ができると約束さえした。そして、そうはならない現実が来た。 

米国ニューヨークの教会で母国の平和を祈って歌る、ウクライナ人の子どもたち=2023年5月1日
米国ニューヨークの教会で母国の平和を祈って歌る、ウクライナ人の子どもたち=2023年5月1日、バルタシェフさん撮影

政府内の混乱、長期戦狙うロシア 

おそらく、ウクライナの当局者たちが自分の足を撃つようなつまづきをした発端は、この戦争中にさえ汚職の悪弊を続けようとしたことだ。ロシアの侵略軍がウクライナとの国境に踏み入った1年後、ウクライナ政府の内部で10億ドル以上の国際支援金が消えた事件が明るみに出た。結果として、最近リトアニアの首都ビリニュスであったNATO(北大西洋条約機構)の首脳会議は、ウクライナに何ら希望や示唆や大まかな約束ももたらさなかった。加えてゼレンスキー大統領は、外交経験の乏しさ、時に常識に欠けた発言もあり、欧米のパートナーたちを「軍事支援が遅く不十分」と批判することしか知らぬ時もあった。 

こうした残念な出来事とともに、親ロシアのプロパガンダがウクライナと欧米の同盟国の間に不和の種まきを何倍にも増やした。おびただしい数のインターネット・ボット(コンピューターを遠隔操作するウィルス)や、親ロシアのいわゆるエキスパートたち、プロパガンダに流される者たちも、「欧米はウクライナを見捨てようとしている」、「欧米からの武器輸送は直ちに停止され、財政支援も削減される」などと声を上げ始めた。だがもちろん、それは事実でなく、人々はいともたやすく欺かれた―戦争中だからなおさら。 

これらの出来事が起きていた間、ロシア軍は侵攻1年目に重ねた失敗を分析し、最前線に沿ってより強固な防衛線を構築していた。ウクライナの都市を空からドローンやミサイルで攻撃し続け、モスクワ(プーチン政権)はそれらに不足はなく、インフラやエネルギー施設、港、もちろん市民を狙っている。西側諸国の経済制裁を何とか避け、中国やイランの支援を受けながら、新しいドローンやミサイルを毎日造っている。 

それは、クレムリン(同)が長期戦を準備していることを意味する―ウクライナだけでなく西側世界全体との。このことは疑いもなく、いずれウクライナでの戦争が、欧州の中心に及ぶまで続くという兆候だ。たぶん数年後、10年後か、もっと先まで。その仮説を民主主義世界が受け入れるのが早いほど、共通の敵を早く打ち負かすことができるのだ。 

米大統領選も未来を左右する 

すぐ先の未来に、何が起ころうとしているのか? その答えは難しい。だが明らかなのは、ロシアがこの戦争を長引かせようとしていることだ。彼らには「戦争マシーン」を少なくとも2024年—米国の大統領選挙の年―まで回し続けることが必要だ。米国はウクライナを支える同盟の中心で最強の国であり、ワシントン(バイデン政権)はロシアとウクライナの軍事対立に重大な役割を演じている。ロシアは、次に選ばれる米大統領がウクライナへの軍事、財政の支援を削減する人物であることを望んでいる。そうなれば、修復不可能な事態が起きるだろう。 

次の米大統領選で、前職のトランプ氏が勝つ可能性は少なくない。彼は過激な行動と発言で知られる―例えばNATOを放棄することについても―。彼を支持する過激な共和党員たちの大半は「ロシアとウクライナの対立に、米国は巻き込まれるべきではない」ことを政治信条にしている。そして、「米国は十分な国内問題を抱え、納税者の金は国内でより良く使われるべきだ」と。もし、ウクライナが米国の支持を失うことは―少なくとも部分的に、だとしても―、わウクライナ人が来年にも直面しうる現実なのだ。 

戦争の広がりを止めるには 

われわれがすべきことは何なのか? まず第一に、ウクライナは継続的な支援を必要としている。この戦争を止めることはできない、勝つことのみでしか。ロシアの地球規模、国際的なボイコットが必要だ。もしもウクライナが陥落すれば、欧州の戦争は決して止まらない。それを理解することが必要で、逆に、戦争は広がるだろう、まずポーランドに、フィンランドに。そのことは既に、ロシアの軍国主義者たちが公然と語っている。この戦争を止めるためには、ロシアが敗北しなければならないのだ。そして最後に、すべての文明社会は「この戦争が、いつ終わろうとしているのか」を問うのをやめるべきだ。その代わりに、世界は勝利するために、負けないために、あらゆることをなすべき時なのだ。

2004年、ウクライナの民主主義運動「オレンジ革命」を現場取材したバルタシェフさん。首都・キーウの大統領府前

◇アンドリー・バルタシェフ(Andriy Bartashev) 
1974年生まれ、ウクライナ・ハルキフ出身。同国で、Kharkiv Radio“Simon”、media-group “Objectiv”、“Region”Broadcasting Company、“1+1 Media TSN”のリポーター、エディター。渡米し、現在フリージャーナリスト、“Domivka Ukrainian Diaspora Radio”(ニューヨークのウクライナ語放送局)ボランティア・エディター。 

過去の寄稿

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