映画「ゴールデンスランバー」舞台の下水洞窟が、仙台の新名所に

【渡邊真子通信員=仙台】在仙作家・伊坂幸太郎氏の小説のファンだ。当然、映画化した作品も気になってしまう。地元仙台を舞台とした映画作品も多く、映像によく知る場所があちこち映っているのも楽しい。『ゴールデンスランバー』は、刑事役としてエキストラ出演した身内の姿がしっかり映っていたため、特に思い入れがある。そんなワケで、伊坂幸太郎原作の映画作品の中でも、私が一番繰り返し観ているのは、おそらく『ゴールデンスランバー』だ。

 映画を観た人なら誰もが知る場所のひとつに、堺雅人さん演じる主人公・青柳が逃走する下水道がある。映画の中では、勾当台公園から広瀬川までの下水道を青柳が走り抜けるのだが、特に印象的なのが、赤茶色のれんが造りの下水道。映画の後半2時間過ぎ辺りで現れる30秒ほどのシーンなのだが、下水道は汚い・臭そうというより、とても美しく、芸術的とも思える印象的な場面だ。そして、こんな場所が仙台市の地下にあったのか?と、私を含め、多くの観客が思ったはずだ。そんな下水洞窟がなんと昨年の11月から一般公開されていると聞き、映画の舞台を一目見ようと今年5月27日、見学会へ参加した。

ヘルメットと軍手をはめ、いざ下水洞窟へ潜入

 その印象的な下水道は「杜の都れんが下水洞窟」と呼ばれ、仙台市の花見名所のひとつでもある西公園の北側、蒸気機関車が置かれた通称SL広場のほぼ真下に位置する。SLの脇には、ガラス張りののぞき窓が設置されていて、手動式のライトも設置されており、地上から地下の様子を覗き込むことができるようになっている。「映画の公開をきっかけに整備が進められたんです」と教えてくれたのは、仙台市建設局下水道経営部主査の千葉玲子さん。

SL広場脇にある煉瓦の建物から地下へと下る(渡邊真子撮影)
広場には下水洞窟を見下ろせるガラス窓が設置されている(渡邊真子撮影)
ガラスの天窓から覗いた地下の様子(渡邊真子撮影)

 一回の見学者定員は6人。参加者はライト付きのヘルメットをかぶり、軍手をはめる。職員の方の案内で、3名ずつに分かれてSL広場脇の扉から入り、螺旋階段を下る。事前に予約をすれば、螺旋階段をひとりで上り下りできる方なら誰でも見学可能だ。螺旋階段途中の踊り場は職員の方おすすめの撮影スポットのひとつで、洞窟入口全体を見下ろすことができる。

螺旋階段から見下ろした下水洞窟の入口(渡邊真子撮影)
壁にはもちろん映画のポスターが(渡邊真子撮影)

 そして、職員の方と一緒にひとりずつ下水洞窟の中へ。見てみたかった景色のひとつ、馬蹄型をした下水道の彼方に外の光が見えた。フォトジェニックな(写真映えする)光景だ。

馬蹄形の煉瓦下水道の彼方には外の光が見える(渡邊真子撮影)

土木遺産にも認定された、れんが造りの下水道

 仙台市建設局の職員の方からの説明や資料をまとめるとこうだ。仙台市の下水道の歴史は古く、その起源は、伊達政宗公が江戸時代に造った「四ツ谷用水」にまで遡る。上水・用水・排水と多目的で、人々の暮らしを潤していた四ツ谷用水は、明治時代になると徐々に埋められるなどしたため排水機能が低下し、伝染病が流行し、多くの死者を出した。このような状況を改善するため、1899年(明治32年)、全国では東京、大阪についで、仙台が3番目に近代下水道の工事を開始。仙台市れんが下水道は今回見学した馬蹄形(馬のひづめ形)れんが下水道のほか、矩形(四角形)れんが下水道と卵形れんが下水道があり、3カ所のいずれも完成後110年以上が経過してもなお現役で、2010年には土木学会選奨土木遺産にも認定されている。

建物の横にある土木学会選奨土木遺産のプレートとれんが下水洞窟の説明書き(渡邊真子撮影)
左方向から右の浄化センター方面へ水を流すためにカーブした下水道(渡邊真子撮影)

 今回見学したれんが下水洞窟は、生活排水と雨水を広瀬川に流すことを目的として1900年(明治33年)に造られたものだが、戦後、河川の水質悪化やトイレの水洗化の対策のため、東から西の広瀬川に向かって作られた下水道の途中から、浄化センターへ汚水を流すよう新たに下水道管が作られ、現在の合流式下水道の構造になった。

 映画で印象的な河川に通じる下水洞窟は、私達見学者がスニーカーでも入ることができるぐらい普段はほとんど水量がないのだが、雨が降って、下水処理場に流し切れない下水は、今でも川に流れ出る仕組みとなっている。よって、雨の日や大雨の後などは、見学ができない。幸いにも、見学した日は臭いもほとんど気にならない程度だったが、やはり日によっては臭うこともあるようだ。

主人公・青柳が転げ落ちた下水道の放流口へ

 外へと続く下水洞窟の途中にはバーが設置されており、そこから先へ立ち入ることはできないようになっている。当然だが、出口から断崖絶壁を見下ろすことはできない。映画の中で、主人公の青柳が転げ落ちるように出てきた設定のれんが下水道の放流口をどうしても見てみたくなり、見学会の後日、SL広場の対岸地域へと車を走らせた。

対岸から見えるれんが下水洞窟の放流口(画面中央付近、渡邊真子撮影)

 現場に到着してみると、放流口のある川岸は鬱蒼と茂った藪の向こう。とても映画と似たような景色をカメラに収めるのは無理そうに思えた。しかし、付近で鎌を片手に草刈りをしている住人を発見。「下水道の出口を見たいのだが、ここから行けるだろうか」と尋ねてみると、なんと、道案内をかってでてくれた。辺り一面ジャングル化した自分ひとりでは到底進めないような藪の中を、バッサバッサと鎌で草木をなぎ倒しながら案内してくれたのは、近所に住む石塚俊雄さん(73)。石塚さんのおかげで、なんとか下水洞窟の放流口が確認できるポジションまで辿り着くことができた。

 「見るなら冬が一番いいんだよ。今の季節は緑が邪魔して見えにくいけど、冬はみんな枯れるからね」と石塚さん。「大雨の後なんかは、あそこから水が滝のように流れ落ちるからわかりやすいよ」と、ご近所ならではの見頃を教えてくれた。石塚さんがいなかったら、この新緑の時期に、この景色を見ることはできなかったと思うと、れんが下水洞窟に潜った時と同じくらいの達成感だ。

 仙台市建設局職員の廣瀬恒太さんは「見学していただいたみなさんに写真や感想などをどんどん広めていただき、もっと多くの方にこの下水洞窟のことを知ってもらえたら嬉しいです」と話す。今後、遠くの友人が仙台を訪れた際に、機会があれば、下水洞窟見学を提案してみようかと密かに思っている。地下に潜れなくても、地上ののぞき窓から眺めるだけでもなかなか面白い光景だと思う。「杜の都れんが下水洞窟」は、まぎれもなく、仙台の新しい観光スポットのひとつと言っていいだろう。

仙台市「杜の都れんが下水洞窟」一般見学会についての詳細は⇒ http://www.city.sendai.jp/keekikaku-shomu/kurashi/machi/lifeline/gesuido/gesuido/koho/gkp.html