【東北異景】晩秋の「地獄」に足を踏み入れる 秋田県湯沢市の川原毛地獄

  • 2016年11月12日
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【写真企画・東北異景】第四回:晩秋の「地獄」に足を踏み入れる 秋田県湯沢市「川原毛地獄」

 蒼空の下に灰白色の山肌が連なる。風音さえ途絶えて、生命の気配は感じられない。紅葉に彩られた晩秋の山あいに“地獄”が存在していた。【文・写真/佐瀬雅行】

色彩を失った景色が広がる川原毛地獄。澄み切った秋空の下でも死の世界を連想してしまう(佐瀬雅行撮影)

 川原毛(かわらげ)地獄は秋田県湯沢市の南東部、宮城・山形との県境に近い山中に位置する。火山活動で堆積した凝灰岩が火山ガスによって漂白され、独特な景観が生み出された。栗駒国定公園の一部で、「ゆざわジオパーク」のジオサイトに指定されている。

 大同2(807)年、月窓和尚がこの地に霊通山(れいつうざん)前湯寺(ぜんとうじ)を建立。天長6(829)年には、東北各地を布教していた慈覚大師円仁が訪れ、地蔵菩薩を奉納したと伝えられている。荒涼とした風景が仏教の世界観と結びついて地獄と呼ばれるようになった。青森県の恐山、富山県の立山と並んで日本三大霊地の一つに数えられるが、仏教以前から非日常的な場所として信仰の対象だったと推測される。

針山地獄の頂上まで遊歩道が続いているが、火山ガスの増加で通行止めになった(佐瀬雅行撮影)

地獄に足を踏み入れる。標高約800㍍。案内板によると、川原毛には血の池地獄や針山地獄など136の地獄があり、近くには三途川も流れている。まずは正面に見える針山地獄を目指すが、「危険立入禁止」の看板とともに遊歩道は途中で閉鎖されていた。周辺の所々から有毒な火山ガスを含んだ水蒸気が噴き出し、噴気孔には黄色い硫黄の結晶が固まっている。仕方なく下りの道を選び、細かい石礫に足を取られながら歩き始めた。鼻をつく硫化水素の臭いと一面の白茶けた山肌。このまま無間地獄をさまよう悪夢を思い浮かべた。

硫黄の結晶が噴気孔を黄色く染める。川原毛地獄では元和9(1623)年、久保田藩(秋田藩)によって硫黄の採掘が始まり、昭和41(1966)年まで続いた(佐瀬雅行撮影)
遊歩道を辿っていくと、月面のクレーターに降り立ったような錯覚に陥った(佐瀬雅行撮影)

 標高が下がるとともに植生が豊かになり、心が安らぐ。1㌔ほど進むと風景が開け、石造の地蔵菩薩が祀られていた。ここは前湯寺の跡で、傍を流れる渓流は湧き出た温泉が湯気を上げている。さらに雑木林の中を約500㍍下った地点で雄大な滝と遭遇した。川原毛大湯滝。上流で湧出した温泉が沢水と混じり合って豪快に流れ落ち、滝つぼや渓流は天然の露天風呂になっている。川原毛地獄との標高差は約170㍍。手を浸してみると湯加減はちょうど良い。古来、多くの修験者や参詣人が温泉に入って疲れを癒したことだろう。川原毛では地獄の下に極楽浄土があった。

無機質な川原毛地獄とは対照的に周囲の山々は紅葉に輝いていた(佐瀬雅行撮影)
地蔵菩薩が地獄の亡者を救済してくれる。川原毛地蔵菩薩は昭和62(1987)年に建立された(佐瀬雅行撮影)
2本の湯滝に分かれる川原毛大湯滝。右側の滝は高さ20㍍の断崖から勢い良く落下する(佐瀬雅行撮影)
源泉は98度の高温で強酸性だが、沢水と混じって滝つぼでは適温になる。入浴適期は7月上旬〜9月中旬。水着着用で無料で入浴できる。近くに脱衣所が設けられている(佐瀬雅行撮影)

 しばし極楽気分を味わって出発地点に引き返したが、上りの道は相当にこたえる。カメラバッグが肩に食い込み、まさに“地獄の苦しみ”だった。

地獄に戻る上り坂は苦難の道で、体力の衰えを痛感した。(佐瀬雅行撮影)