【連載:仙台市長選の視点】2021年の仙台市長選が今月18日告示され、8月1日に投開票日を迎えます。現職対新人の一騎打ちとなった今回の選挙の意味を、私たち有権者はどう捉えればいいのでしょうか?投票に興味が湧くような「仙台市長選の視点」について、誰もが政治を語り合える場づくりを仙台で行なっている「NPO法人メディアージ」顧問の池亨さんに寄稿してもらいました。
*全4回の連載の一回目です。
選挙の意味は「誰が選ばれたのか」だけではない!
2021年8月1日投票の仙台市長選挙が告示されました。今回の選挙は、現職の郡和子市長が出馬を表明。政党の公認や推薦は受けません。これに対抗しようと仙台市議会の菊地崇良議員(自民党会派所属)が一時期立候補を模索しましたが、所属政党の公認を受けるに至らず、支持者で独自の政治団体「スピードアップ仙台」をつくって政策の浸透を試みたものの出馬断念に至りました。
このままでは郡市長の無投票再選になるため、「民主主義において無投票は好ましくない」との立場から、前回2017年も市長選に立候補した加納三代氏(当時は大久保姓)が新たに立候補を表明しました。以上の経緯から、前回市長選に立候補した郡市長と加納氏の2人が相争う構図となりました。
常々、選挙は「誰が選ばれたか」にのみ注目が集まります。しかし、投票結果は「誰が選ばれたか」だけではなく、その選挙の置かれた性格を状況に位置付ける――過去の投票率や各候補や政党の得票数を比較したり、得票以外の棄権もふくめた分布を描いたりすることで――全体としての意味を持つものなのです。
投票は私たちの「メッセージ」になる
“メディア論の開拓者”カナダの英文学者であり、文明批評家であったマーシャル・マクルーハン(1911-1980)は「メディアはメッセージである」という有名な言葉を残しています。ここでのメディア(媒体)とは、人々の間で情報を伝達しあう組織・道具・技術のことです。例えば新聞やテレビジョン、インターネットというような。そうした「道具」は情報を伝える「手段」にすぎないというそれまでの考えに対し、道具自体が「情報」、ある種のメッセージを含むものであるとマクルーハンは考えました。
このマクルーハンの名言にならって、「選挙(投票)」という仕組み・制度もまた、勝者を選び出すだけの「手段」ではなく、全体としてある種の情報を発しているととらえることにしましょう。すなわち「投票はメッセージである」、と。
この特集では、選挙・投票をめぐるいくつかの見方と、過去の市長選データを参照しながら、今回の選挙結果がどういう重みを今後持ちうるのかを読み解いていきます。実際のところ誰が当選者となるかにかかわらず、有権者が自らを位置づけ、候補者選択において一定の態度を表明することは、来期の市長と、その人物を取り巻く議会や市役所組織に対して、いったいどんなメッセージを発しうることになるのか。こうしたことについて考えるきっかけを、有権者の皆さんに提供できたらと考えています。そして選挙結果の現れ方によっては政治家たちの将来の行動に何らかの影響を多少なりとも与えうるということが、この特集を通じて示唆されます。(つづく)
池亨(いけ・とおる)
1977年岩手県一関市生まれ。埼玉県で育つ。宇都宮大学教育学部社会専修(法学・政治学分野)、東北大学大学院情報科学研究科博士前期課程(政治情報学)を経て、東北大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学(政治学史・現代英国政治思想専攻)。修士(情報科学)。宮城県市町村研修所講師(非常勤)、東北工業大学講師(非常勤)、(株)ワオ・コーポレーション能開センター講師等を経て、現在、(株)日本微生物研究所勤務。NPO法人メディアージ顧問。
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