「僕の帰る場所」強烈な個性の登場に期待/第30回東京国際映画祭レポート(4・完)

【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=東京】映画祭の格を上げるためにプレミア度を優先せざるをえないコンペティションに比べ、長編3作目までの新人監督に限られるアジアの未来は、縛りが少ないだけ作品選定に自由があると言えます。今年5年目を迎え、ここで認められれば、<アジア三面鏡>の1編を監督する機会が与えられるという特典もできて、アジア各国の若手からの期待度もあがってきた、ということは石坂ディレクターとのインタビューにある通りです。東京で注目された若手監督が、ベルリン、カンヌ、ヴェネツィアといった大きな映画祭に進出して知名度をあげてくれれば、世界からの認知度がなかなかあがらない東京国際映画祭にとってもプラスになるはずです。

 では、今年の10本はどうだったかといえば、残念ながら、鮮烈な才能の発見には至らず、作品選定の難しさを感じさせられました。

 「アジアの未来」部門作品賞を受賞した藤元明緒監督の『僕の帰る場所』は、日本で暮らすミャンマー人家族が主人公。父親は居酒屋で働きながら家族を支えていますが、母親は日本になじめず、なかなか在留資格が得られないためにノイローゼ気味、ついには子供を連れて帰国することになります。すっかり日本の生活に馴染んでいた幼い兄弟は、言葉もうまく話せない、見知らぬ祖国に順応できるのか、という映画でした。登場人物はほとんど素人で、そのため1時間を超える長回しで自然な表情を追いかけたのだそうで、兄弟の生き生きとした反応やあどけなさが見事に描き出されていました。ただ、ミャンマー人家族の事情や彼らを取り巻く状況については、映画を見ただけでは、いまいちよく飲み込めませんでした。もう少し大きな視点から家族を捉えたら、日本とミャンマーをめぐる社会の違いや問題点がもっと見えてきたように思いました。まだ29歳と若い藤元監督の次回作に期待します。

「僕の帰る場所」で「アジアの未来」部門作品賞を受賞した藤元明緒監督 ©2017 TIFF

 スペシャルメンションだったチョウ・ズーヤン監督の『老いた野獣』は、内モンゴルのオルドスを舞台に、都市化の波が押し寄せ、急速に近代化していく内モンゴル社会を、事業に失敗して自堕落な生活を送る初老の男と、父親に冷ややかな子供たちとの関係に仮託して描いたもの。草原の中に突然高層ビルが建ち並ぶオルドスの風景も驚きでしたが、砂漠の緑化政策で放牧が禁止され、羊を飼って生活していた人々が酪農に転向せざるを得なくなったという話も驚きでした。ところどころ表現不足なところもありましたが、主人公の男の魅力で最後まで見せてくれました。

 その他、前のレポートで紹介した2本のフィリピン映画以外のエントリー作品は、どれも無難にまとまってはいたものの、映画としての魅力に欠けていたように思いました。来年は、荒削りでも強烈な個性を持った、たとえばワールド・フォーカスで上映されたインドの『セクシー・ドゥルガ』やフィリピンの『アンダーグラウンド』のような、一目見たら忘れられなくなるような作品が見たいものです。