市山尚三PDと振り返る東京国際映画祭2024③「本当に狂ってる」メキシコの巨匠・リプステイン

今年も10月下旬から11月上旬にかけて開催された、東京国際映画祭。国内外の映画祭を取材しTOHOKU360に寄稿してくれている字幕翻訳家・映画評論家の齋藤敦子さんが、今年も市山尚三プログラミング・ディレクター(PD)に独占インタビューし、映画祭を振り返ってもらいました。

ワールド・フォーカスはイタリア映画の特集

――続いてワールド・フォーカスですが、今年はアルベール・セラとラヴ・ディアスがある他に、イタリア映画が多いようですが。

市山:イタリア映画は特集ですね。これは安藤チェアマンからの要望です。去年イタリアと日本が合作協定を結んで今年から有効になった。それでマーケットにイタリアのプロデューサーが合作の企画を携えてやってくるので、何かイタリアの特集をやってくれという要請があったんです。ちょうど去年のカンヌに出たナンニ・モレッティの『チネチッタで会いましょう』が11月下旬に日本公開されることがわかったので、その映画の配給会社のチャイルドフィルムと相談してモレッティ特集を組みました。

特に『赤いシュート』はしばらく日本でやってないんで、今回の上映のためにデジタルリマスター版のDCPを取り寄せ、日本語投射字幕を作成しました。今は日本の配給権が切れているので、配信にも出ていません。なので、『赤いシュート』を上映できただけでもこの特集を組んだ価値があったとも言えます。

――商売は難しいでしょうが、モレッティらしさが一番よく出ている映画だと思います。

市山:今年はマルチェロ・マストロヤンニの生誕100年でもあるので、特集を決めた後でキアラ・マストロヤンニに審査員をオファーしたら受けてくれました。

必見!ベロッキオの『エンリケ4世』

ーーおかげでベロッキオの『エンリケ4世』が見られる。

市山:これは僕にとっては必見の映画です。以前エスパス・サロウがベロッキオ映画祭を組んで上映したのを最後に日本の配給権が更新されてないんです。それでイタリアのRAI CINEMAと交渉して権利をクリアしました。配信でもやってないし、凄く変な映画です。

――初期のベロッキオは今日の巨匠然とした映画は撮ってなかったですね。

市山:これ、アストル・ピアソラの音楽なんです。最初、中古レコード屋でピアソラのレコードを探したら『エンリコ4』というマストロヤンニが皇帝の格好をしたジャケットのCDがあって、収録されている音楽がむちゃくちゃいいんで、アメリカかどこかに行ったときにVHSを買ってみたら、映画自体はものすごい珍品だった。マストロヤンニが神聖ローマ皇帝ハインリッヒ4世の役を演じているときに落馬して頭を打っておかしくなって、自分が神聖ローマ皇帝だと言い始めて、周りの皆が仕方なく話を合わせる、みたいな。歴史劇でも何でもなくて、ただ頭のおかしくなったおっさんの話(笑)。

――今年もワールド・フォーカスは石坂さんと選んだんですか?

市山:今年は結局僕がやりました。石坂さんはアジアの未来だけで、ラヴ・ディアスは僕が見て決めました。

ウシに追われて政治談議『ファイアー・オブ・ウィンド』

――ではワールド・フォーカスは市山セレクションとみていいですね。

市山:『ファイアー・オブ・ウィンド』はなかなか面白いですよ。ペドロ・コスタがプロデューサーで、マルタ・マテウス監督の第1作です。ポルトガル映画で、ロカルノのコンペに出ていて何も賞を獲ってないんですが、かなり面白かった。田舎の農園の話なんですが、暴れ牛が出てきて危ないというので木の上に逃げるんですが、牛が徘徊しているので降りられなくなって夕方まで木の上にいて、そこで昔話をみんなが始めるという話で、そこでポルトガルのサラザール政権下の圧政の話が語られる。それを自然な、ペドロ・コスタ風のスタイルで撮っている。

――ポルトガル映画はどこかファンタな感じがしますね。

市山:商売のことは何も考えてない。凄くいい映画です。

スウェーデン国営テレビのアーカイヴ

この『スウェーデン・テレビ放送に見るイスラエル・パレスチナ1958-1989』は政治的な映画です。これはスウェーデンの国営テレビのアーカイヴの中からイスラエル・パレスチナ問題を扱った映像を編集しただけの映画ですが、この問題の発端や経緯がよく分かって勉強になるし、最初はイスラエル寄りに報道してたのが、どんどんパレスチナ寄りに変わっていくのが分かる。これはヴェネツィアのアウト・オブ・コンペティションに出てた映画です。

――アーカイヴものですね。

市山:この手があったかという感じですね。変にコメントとか全然入れないで、ただテレビのニュースとか報道番組を入れるだけなんですけど、それでこんなことが分かるのかという。

――他にお薦めは?

市山:やっぱりリプステインですよね。

注目のリプステイン特集

――そうでした。どうしてリプステインを特集することになったんですか?

市山:これはIMCINEというメキシコのユニジャパンみたいな組織があって、そこがリプステインの映画を定期的に修復しているんです。今、6、7本あると言われてたんで、特集が組めないかと思って。なので、今回上映するのも全部デジタル・リストア版です。

――今年は変わった監督が多いですね。

市山:多いです。特にリプステインの初期作品は本当に狂ってますよ。

――私も、リプステインは本当に変わってるな、と思いました。メキシコ映画も変わってますよね。

市山:メキシコ自体変わってますね。この『聖なる儀式』は初めて見たんですが、ユダヤ教徒が毒を撒いたという風評で迫害されてて、それを理由にキリスト教会が拷問とかしてユダヤ教徒を改宗させるんです。でも改宗したはずの人たちが改宗してないことがわかって最後に火あぶりにする。

――それ、本当にあった話?時代劇?

市山:時代劇です。まだスペイン占領下の話です。

――ブニュエルもメキシコ時代は変な映画が多いですしね。

市山:リプステインはブニュエルの弟子ですから。この映画がまた異常だったですね。

――『純血の城』?

市山:リプステインの代表作です。殺鼠剤を作る工場の持ち主が主人公なんだけど、奥さんや娘が世の中に出ていくと汚れるというのでずっと家の中に監禁して、ひたすら殺鼠剤を作らせている。ところが娘が工場で働いている青年と恋愛関係風になったんで、怒りまくって娘を座敷牢みたいなところに閉じ込める。

――その先が分かるような気がします(笑)

市山:意外に殺鼠剤は使わなかったですよ。

――普通は使うのに(笑)

市山:実際に起きた事件と書いてありました。新聞記事を見てリプステインが脚本を書いたようです。

――『深紅の愛』の方は見ています。

市山:『深紅の愛』はケイブルホーグが公開しましたが、今回はディレクターズ・カット版で、数年前のヴェネツィア・クラシックで上映されたものです。

――時間が迫ってきてしまいました。最後に、有楽町エリアに移ってきて4年目ですが、感想を。

市山:町はすごく協力的だし、かなりいい感じですね。今年も野外上映をやりますし、ミッドタウンを入った左のところにトヨタが持っているLEXUS MEETS…というカフェがあるんですが、あそこを全部借りれることになったんで、トークイベントをやります。

――外から見えていいですね。

市山:去年まではマイクロというスバル座があったビルの裏のカフェを使ってたんですが、メイン会場により近いところが使えることになったので、トークイベントが多くなりますよ。

(10月9日、東銀座の東京国際映画祭事務局にて)

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