初の「オンライン映画祭」となった山形国際ドキュメンタリー映画祭・ベルリン国際映画祭をリポート

カンヌ国際映画祭など、世界の主要映画祭の現場を取材している映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さん。コロナ禍での試みとして初めての「オンライン映画祭」となった2021年の山形国際ドキュメンタリー映画祭とベルリン国際映画祭のリポートを寄せてくれました。

齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】ちょうど昨年3月のベルリン国際映画祭終了後から、ヨーロッパでもコロナ感染が拡大し、世界中をコロナ禍に巻き込んでいきました。大勢の人が集まる映画祭は特に大きな影響を受け、対応に苦慮しました。5月のカンヌは中止に追い込まれ、昨年、かろうじてフィジカルに開催できたのはヴェネツィアと東京くらいでした。

今年に入ってもコロナ波が収まらず、2月にベルリンがオンラインで開催された後、5月のカンヌは開催を8月に延期。日本では春先から夏にかけて感染者数の激増で、緊急事態宣言が延長され続ける中、10月の山形ドキュメンタリー映画祭がオンライン化に踏み切りました。おかげで、この時期、東京を出るのが難しかった私は、ひさしぶりに山形に参加できることになりました。ベルリンは少し旧聞になりましたが、山形と合わせて、2つのオンライン開催の映画祭をリポートします。

山形国際ドキュメンタリー映画祭2021『理大囲城』に大賞追い込まれる民主化の魂

オンラインになったおかげで数年ぶりに参加できることになった山形ドキュメンタリー映画祭。とはいえ、東京で日常生活を送りながらなので、とても時間が足りず、インターナショナル・コンペティション部門に絞って作品を見たのですが、それでも3本ほど見逃してしまいました。写真は「山形国際ドキュメンタリー映画祭」提供。

大賞を受賞した『理大囲城』は2019年11月、民主化を求めるデモ隊の残党が重装備の警察隊によって大学構内に追い込まれ、粉砕されていく焦燥の日々をカメラで捉えたもの。監督名が香港ドキュメンタリー映画工作者という匿名になっているのはそのためです。2015年に10年後の香港がどうなっているかを描いたオムニバス映画『十年』が製作されましたが、5人の監督たちは、その後中国政府から徹底的にマークされました。この作品の監督たちがさらに重い圧力を受けるだろうことは確実で、匿名の選択は当然だったでしょう。10年も待たずに、香港の自治がここまで浸食されるとは思いませんでした。

『理大囲城』の1シーン。(「山形国際ドキュメンタリー映画祭」提供)

山形市長賞の『カマグロガ』は、スペインのバレンシア地方でタイガーナッツを栽培する農家の1年を追ったもの。監督のアルフォンソ・アマドルは、自身が農業を始めることでこの家族と知りあったそうです。開発で農地削られていくなか、伝統の農業を続けようとする老農夫の矜持と、土と作物の知識の深さに感動しました。

『ボストン市庁舎』はアメリカの名匠フレデリック・ワイズマンがボストン市長と市役所の仕事を撮った4時間半のドキュメンタリー。地球温暖化、地域開発、ジェンダーや人種差別に取り組む市政を通じて、民主主義とは何かを問いかけています。日本のすべての為政者、公務員に見てもらいたいと思いました。

『ナイト・ショット』は、学生時代にレイプに遭った監督が、カメラのナイト・モード機能を使って日常の心象風景を記録したもの。レイプのトラウマがいかに女性の心に深い傷を残すか、そこから立ち直るまでにいかに長い時間がかかるかを考えさせられました。

私が最も面白く見たのは、審査員特別賞の『最初の54年間』でした。これはイスラエルによるパレスチナ占領の54年間を、“占領マニュアル”という体裁で描いたもの。監督のモグラビ自身の語り口はユーモラスですが、実際に占領に携わったイスラエル兵の証言が衝撃的で、マニュアルの裏にある真実を暴いていくアイロニカルな作品。驚いたのは、占領者としてパレスチナ人に暴力を振るったイスラエル兵にもPTSDがあり、彼らに真実を証言させる組織があること。この作品に登場するイスラエル兵はすべてこの組織に賛同し、証言した人たちでした。

受賞結果

【インターナショナル・コンペティション部門】

ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)

『理大囲城』 監督 香港ドキュメンタリー映画工作者 (香港)

山形市長賞(最優秀賞)

『カマグロガ』 監督 アルフォンソ・アマドル (スペイン)

優秀賞(2 作品)

『ボストン市庁舎』 監督 フレデリック・ワイズマン (アメリカ)
『ナイト・ショット』 監督 カロリーナ・モスコソ・ブリセーニョ (チリ)

審査員特別賞

『最初の 54 年間ー軍事占領の簡易マニュアル』 監督 アヴィ・モグラビ
(フランス、フィンランド、イスラエル、ドイツ)

【アジア千波万波部門】

小川紳介賞

『リトル・パレスティナ』 監督 アブダッラー・アル=ハティーブ
(レバノン、フランス、カタール)

奨励賞(2 作品)

『ベナジルに捧げる 3 つの歌』 監督 グリスタン・ミルザイ、エリザベス・ミルザイ(アフガニスタン)
『メークアップ・アーティスト』 監督 ジャファール・ナジャフィ (イラン)

スペシャル・メンション

『心の破片』 監督 ナンキンサンウィン (ミャンマー)

市民賞

映画祭期間中に募った、観客によるアンケート集計の結果、授与する。
『燃え上がる記者たち』監督 リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ(インド)

第71回ベルリン国際映画祭『バッドラック・バンギング・オア・ルーニーポルノ』に金熊賞 SNSに動画が流出

第71回ベルリン国際映画祭が3月1日から5日まで初のオンラインで開催されました。

思えば昨年の映画祭終了後から新型コロナの流行が本格的にヨーロッパを覆い、5月のカンヌは中止、9月のヴェネツィアは規模を縮小して開催と、それぞれの映画祭が対応に苦慮してきました。ドイツでは昨年末からロックダウンが継続中で、ベルリンはフィジカルな開催を諦め、3月にプレスとマーケット向けにオンラインで、6月9日から20日に観客向けに映画館でと二段階による開催にシフト。3月1日から5日までコンペとエンカウンターズ、および各セクションのエントリー作品がオンラインで上映され、5日に各賞の発表が、また、6日と7日には受賞作がリピート上映されました。

銀熊賞(審査員賞)をとった「バッハマン先生と彼のクラス」の1シーン(© Madonnen Film)

オンラインのいいところは時間と空間に制約のないところ。今年の審査員全員を金熊賞受賞監督で揃え、特に前回金熊賞を受賞しながらイランから出国できなかったモハマド・ラスロフ監督がオンラインで審査に参加できたことは、ひとつの利点と言えるしょう。

金熊賞を受賞した「バッドラック・バンギング・オア・ルーニーポルノ」は学校の女教師が私的に撮ったセックス動画がSNSに流出して巻き起こる騒動を描いたもの。監督のラドゥ・ジュデは、封建時代のルーマニアでのロマ人差別をテーマにした「アフェリム!」という作品で2015年にベルリンの銀熊賞を獲っています。「アフェリム!」はモノクロームで撮られた歴史映画でしたが、今回はコロナ禍のブカレストで撮影を敢行。町中の人たちがマスクをしている現状を逆手にとって、ルーマニアの社会を風刺した面白いコメディでした。

大賞をとった「バッドラック・バンギング・オア・ルーニーポルノ」の1シーン(© Silviu Ghetie / Micro Film 2021)

2席の審査員大賞は濱口竜介監督の「偶然と想像」に。偶然をテーマにした短編集で、私は山形駅前のエスカレーターが効果的に使われた3話目が一番好きでした。

「バッハマン先生と彼のクラス」は、ドイツの小都市で移民の子供たちを教えるバッハマン先生を追いかけたドキュメンタリー。ちょっと破天荒な先生と、ドイツ語もおぼつかない生徒たちの1年間の授業風景から、社会問題が浮かびあがってきます。

今年は審査員が金熊賞受賞監督ばかりだったためか、ちょっと癖のある、プロ好みの作品が選ばれたように思いました。

私が一番好きだったのは国際映画批評家連盟賞を受賞したジョージア映画「見上げた空に何が見える?」でした。この作品は10月30日から開催される第22回東京フィルメックスのコンペ部門で上映されます。

受賞結果

【コンペティション部門】

金熊賞(作品賞):「バッドラック・バンギング・オア・ルーニーポルノ」監督ラドゥ・ジュデ(ルーマニア)

銀熊賞(審査員大賞):「偶然と想像」監督 濱口竜介(日本)

銀熊賞(審査員賞):「バッハマン先生と彼のクラス」監督マリア・スペス(ドイツ)

銀熊賞(監督賞):デネス・ナギー「自然の光」(ハンガリー)

銀熊賞(主演賞):マレン・エッガート「アイム・ユア・マン」監督マリア・シュラーダー(ドイツ)

銀熊賞(助演賞):リラ・キスリンガー「森――あなたはどこにでもいる」監督ベンス・フリーガウフ(ハンガリー)

銀熊賞(脚本賞):ホン・サンス「イントロダクション」監督ホン・サンス(韓国)

銀熊賞(芸術貢献賞):イブラン・アスアド「警官映画」監督アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコ)

【エンカウンターズ部門】

作品賞:「私たち」監督アリス・ディオップ(フランス)

審査員特別賞:「味」監督レ・バオ(ベトナム)

監督賞:ラモン&シルヴァン・ツルヒャー「娘と蜘蛛」(スイス)
    ドゥニ・コテ「社会衛生」(カナダ)

次点:「ロック・ボトム・ライダー」監督ファーン・シルヴァ

国際映画批評家連盟賞

コンペティション部門:「空を見上げるとき何が見えるか?」監督アレクサンドル・コベリカーゼ(ジョージア)

エンカウンターズ部門:「娘と蜘蛛」ラモン&シルヴァン・ツルヒャー(スイス)

パノラマ部門:「ブラザーズ・キーパー」監督フェリト・カラハン(トルコ)

フォーラム部門:「スキー」監督マンケ・ラ・バンカ(アルゼンチン/ブラジル)

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