【斎藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)=ベルリン】2月29日夜、授賞式が行われ、以下のような賞が発表になりました。
金熊賞の『ここに悪はない』は死刑に関わる人間模様を4つの物語で描いたもの。モハマド・ラズロフの映画は、カンヌのある視点で上映された『原稿は燃えない』しか見ていないので、作風を云々できないのですが、今度の映画は普通に面白かった、という言い方は変ですが、商業映画と言ってもいいくらい、面白く出来ていました。普段は夫であり父である中年男が実は死刑執行人だったり、兵役で刑務所に配属されたら処刑の執行役が回ってきたり。最初はユーモラスに始まり、人生を狂わせた悲劇的な物語で終わります。
ラズロフは2010年に無許可撮影で突然逮捕されて以来、イランの革命裁判所から何度も活動を制限され、2017年にパスポートを没収されて以降は自宅軟禁状態にあります。今回の記者会見にはもちろん欠席、自宅にいる彼とスカイプでのインタビューが公開されました。また授賞式では、映画に出演している娘のバラン・ラズロフさんが代理で賞を受けました。
エリザ・ヒットマンの『ネヴァー、レアリー、サムタイムス、オールウェイズ』はペンシルヴェニアの町に住んでいる17歳の娘が、望まない妊娠をさせられ、中絶するために女友達とニューヨークへ行く旅を描いたもの。女性監督らしい繊細な描写とドキュメンタリータッチの映像が特徴。ヒットマンが取り上げた性的虐待と妊娠中絶というテーマは、奇しくも初日の記者会見でジェレミー・アイアンズが謝罪訂正した、今の社会の大きな問題でもあります。
昨年まではベルリンという政治的な土地柄から、意識的に政治的社会的なテーマの映画が多く選ばれたコンペですが、今年はケリー・ライカート、フィリップ・ガレル、ホン・サンスといったインディーズ系のアート映画が並びました。これが新アーティスティック・ディレクターの目指す方向なのかは、来年以降のラインアップを見ないと断言できないと思います。が、昨年に比べて、思いがけない新人の発見が減った感じがするのは確かです。
フォーラムとパノラマという組織の異なる2つの部門をそのまま残し、チャトリアンの人脈でエンカウンターズという新部門を創設し、ここで新味を出すという戦略のようですが、結果として先行2部門との作品の取り合いにならないかも危惧するところ。各部門のディレクターのテイストも変化してきており、日本映画にとっては、かつてのように“選ばれやすい”映画祭ではなくなってきているようです。
突然閉館して驚かされたソニーセンターのシネスターですが、大手が買収に乗りだし、来年は映画館として復活するかもしれないという噂も耳にしました。さて、来年はどんな映画祭になるのか、日本映画はどれくらい選ばれるのか、期待して待ちたいと思います。
受賞結果
【コンペティション部門】
金熊賞:『ここに悪はない』監督モハマド・ラズロフ
銀熊賞
審査員大賞:『ネヴァー、レアリー、サムタイムス、オールウェイズ』
監督エリザ・ヒットマン
監督賞:ホン・サンス『逃げた女』(韓国)
女優賞:パウラ・ビア『ウンディーネ』監督クリスティアン・ペッツォルト
男優賞:エリオ・ジェルマノ『隠されて』監督ジョルジオ・ディリッティ
脚本賞:ファビオ&ダミアノ・ディンノチェンツォ兄弟『バッド・テイルズ』
芸術貢献賞:ユルゲン・ユルゲス 『DAU、ナターシャ』の撮影に対して
70回記念賞:『ディリート・ヒストリー』
監督ブノワ・デレピン&ギュスタヴ・ケルヴェルン
【エンカウンターズ部門】
作品賞:『仕事と日(塩尻たよこと塩谷の谷間で)』
監督C・W・ウィンター&アンダース・エドストローム
審査員特別賞:『生誕の厄災』監督サンドラ・ウォルナー
監督賞:クリスティ・プイウ『マランクラフ』(ルーマニア)
スペシャル・メンション:マティアス・ピニェイロ『イサベラ』
エキュメニック賞
コンペティション部門:『そこに悪はない』監督モハマッド・ラスロフ
パノラマ部門:『父』監督スルジャン・ゴルボヴィッチ
フォーラム部門:『精神0』監督 想田和弘
【ジェネレーション14プラス部門】
グランプリ:『私の名はバグダッド』監督カル・アルベス・ド・ソウザ
スペシャル・メンション:『風の電話』監督 諏訪敦彦
国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞
コンペティション部門:『ウンディーネ』監督クリスティアン・ペッツォルト
パノラマ部門:『モグル・モウグリ』バッサム・タリク
フォーラム部門:『20世紀』マチュー・ランキン
国際アートシアター連盟(CICAE)賞
パノラマ部門:『ディガー』監督ゲオルギス・グリゴラキス
フォーラム部門:『平静』監督ソン・ファン