「ある視点賞」にアッバシ監督の「ボーダー(境界)」/カンヌ国際映画祭レポート(6)

授賞式前日の18日午後、ある視点部門の各賞の発表とクロージング・セレモニーが行われました。ある視点にはもともと賞がなかったのですが、アッバス・キアロスタミ監督が『そして人生は続く』を出品した頃に、スポンサーのジェルベ・アイスクリーム社の名前がついた賞ができ(『そして人生が続く』が受賞)、それがある視点賞と名前を変え、世界各国の監督や映画関係者から審査員を集めて賞を決めるようになり、今では5つの賞を出すまでに成長しました。

今年のある視点賞は、イラン出身のアリ・アッバシ監督がスウェーデンで撮った『ボーダー(境界)』に。スウェーデンの港で働くティナという通関職員が主人公で、彼女は人の恐怖や不安を嗅ぎ分けられる人間離れした鼻と容姿を持っていて、不審な品を持ち込もうとする人をたちどころに発見してしまうのですが、ある日、同じような容姿を持った男が現れたことから、彼女の出自の謎が明かされていくという、ちょっと変わった、ファンタスティックな作品でした。

帰国したアッバシ監督に代わって賞を受けた主演のエヴァ・メランダーさんとスタッフ。映画の中では全身特殊メイクだったメランダーさんですが、素顔はこんなに美人。

脚本賞の『ソフィア』と審査員特別賞の『死者と他者』は残念ながら未見ですが、『ソフィア』はカサブランカに住む20歳のソフィアが、望まれない妊娠をしたために苦しむ話、『死者と他者』は、アマゾンの奥地に住む先住民の死者の魂を送る儀式を通して、アマゾンの自然破壊を訴えるものだそうです。

『死者と他者』の(右から)ルネ・ナデル・メソラ監督、ジョアオ・サラヴィザ監督、主演のエンリケ・イジャック・クラホさんとラエネ・コト・クラホさん。イジャックさんは森林破壊反対のTシャツを着ています。

ルカス・ドント監督の『少女』は、男性の体と女性の心を持って生まれ、バレリーナを目指す少女を主人公に、肉体と性の相克を描いたもの。これが長編デビュー作とは思えないドント監督のテーマの掘り下げの深さが光っていました。主人公を演じたヴィクトル・ポルスターは、将来を嘱望されたベルギーのダンサーだそうで、まだ16歳です。

ルカス・ドント監督とベニシオ・デル・トロ審査員長

監督賞の『ドンバス』は、ロシアの侵攻で内戦状態に陥ったウクライナで撮影されたアマチュアのビデオを見て、衝撃を受けたセルゲイ・ロズニツァ監督が、フィクションとして再現したもの。戦争が引き起こす対立と武力のパワーが、いかに人間の心をゆがめてしまうかを描いていて、特に捕虜になって街角に縛りつけられた敵兵が、通りがかりの普通の人々に殴り殺されてしまうシーンには戦慄を覚えました。

●ある視点部門受賞結果
ある視点賞:『ボーダー』監督アリ・アッバシ(スウェーデン)
脚本賞:『ソフィア』監督メリエム・ベンムバレク(モロッコ)
演技賞:ヴィクトル・ポルスター『少女』監督ルカス・ドント(ベルギー)
監督賞:セルゲイ・ロズニツァ『ドンバス』(ウクライナ)
審査員特別賞:『死者と他者』監督ジョアオ・サラヴィザ、ルネ・ナデル・メソラ(ブラジル)

【齋藤敦子】映画評論家・字幕翻訳家。カンヌ、ベネチア、ベルリンなど国際映画祭を取材し続ける一方、東京、山形の映画祭もフォローしてきた。フランス映画社宣伝部で仕事をした後、1990年にフリーに。G・ノエ、グリーナウェイの諸作品を字幕翻訳。労働者や経済的に恵まれない人々への温かな視線が特徴の、ケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」なども手掛ける。「ピアノ・レッスン」(新潮文庫)、「奇跡の海」(幻冬舎文庫)、「パリ快楽都市の誘惑」(清流出版)などの翻訳書もある。

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