【カンヌ国際映画祭の現場から】今年もフランスで第76回カンヌ国際映画祭が開かれ、日本作品の受賞が話題になりました。世界の主要映画祭の現場を取材し、TOHOKU360にも各国の映画祭のリポートを寄せてくれている映画評論家・字幕翻訳家の齋藤敦子さんがカンヌ国際映画祭の現場から、現地の熱気や今年の作品評をお伝えします。
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日本映画がダブル受賞
【齋藤敦子(映画評論家・字幕翻訳家)】26日(土)の夜に授賞式が行われ、以下のような結果が発表になりました。是枝裕和監督の『怪物』の坂元裕二さんが脚本賞、ヴィム・ヴェンダース監督が日本で撮った『Perfect Days』で主演した役所広司さんが男優賞と、日本映画のダブル受賞という嬉しい結果になりました。
パルムはジュスティヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』
パルム・ドールを受賞したのはフランスのジュスティヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』でした。女性監督の最高賞は、1993年『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン、2021年『チタン/TITAN』のジュリア・デュクルノーに続いて3人目。カンピオンからデュクルノーまで28年もかかっているのに、デュクルノーからはわずか2年で3人目が誕生したのには、これまでずっと男性優位が続いていた映画界に大きな変化が訪れている証拠かもしれません。
『落下の解剖学』の主人公は翻訳家で作家サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)。彼女は夫サミュエルと11歳の息子ダニエルと夫の故郷の山荘で暮らしています。ある日、山荘のベランダから夫が落ちて死亡。事故なのか事件なのか調査が行われ、サンドラが夫を突き落としたとして逮捕され、裁判が開かれます。映画は、その裁判の過程で、サンドラとサミュエルの間に何があったのかを浮き彫りにしていきます。映画の大半は裁判の公判での証言で成り立っているのですが、タイトルに解剖学とある通り、サンドラの心理を、まるで解剖するように、克明に暴いています。
美食家と料理人の物語
『ドダン・ブッファンの情熱』は19世紀フランスを舞台に、有名な美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と彼の料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)の20年にわたる関係を描いたもので、監督のトラン・アン・ユンは、1993年に監督第1作の『青いパパイヤの香り』でカメラ・ドールを獲って以来のカンヌでの受賞です。
カウリスマキの『枯葉』
アキ・カウリスマキの『枯葉』は溶接工の男性とスーパーで働く女性のラブ・ストーリー。無駄なものをそぎ落としたシンプルな語り口で、カラオケバーで出会った男女が紆余曲折を経て結ばれるまでをいつもの“カウリスマキ節”で描いて、映画ファンのジャーナリストに最も受けた作品でした。日本語の五木の子守歌を始め、様々な歌が彩りを添えているのも面白さのひとつで、もちろんシャンソンの名曲<枯葉>も出てきます。
トイレ清掃人の日常描く『Perfect Days』
ヴィム・ヴェンダース監督の『Perfect Days』は東京で事前に試写を見せていただいたときに役所広司さんが男優賞を獲るのではないかと予感した映画でした。スカイツリーの下の古いアパートに住んで、渋谷まで公園のトイレ清掃に通う平山(役所広司)という男の日常と彼と出会う人々との触れあいを描いた作品です。パルム・ドールの『落下の解剖学』が言葉に言葉を重ねながら真実を追究する映画とすれば、言葉で語れないものを語る映画と言えると思います。緊張感を強いられる映画が多かった中で、静かな安らぎを感じられる、木漏れ日のような映画でした。
【受賞結果】
コンペティション部門
パルム・ドール:『落下の解剖学』監督ジュスティヌ・トリエ
審査員グランプリ:『ゾーン・オブ・インタレスト』監督ジョナサン・グレイザー
監督賞:『ドダン・ブッファンの情熱』監督トラン・アン・ユン
審査員賞:『枯葉』監督アキ・カウリスマキ
脚本賞:坂元裕二『怪物』監督是枝裕和
女優賞:メルヴェ・ジズダル『乾いた草』監督ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
男優賞:役所広司『Perfect Days』監督ヴィム・ヴェンダース
短編コンペティション部門
パルム・ドール:『27』フローラ・アナ・ブダ
カメラ・ドール
『黄色い繭の殻の中』監督ティエン・アン・パン
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