「カラッポの自分」が生み出すストーリー たった一人で雑誌を作った男

 たった一人で、「雑誌」を作った男がいる。写真撮影から、取材・原稿執筆、構成、印刷まで。誰かに頼まれた訳ではない。雑誌編集のプロだったわけでもない。むしろ、取材も初めてだった。そんな彼は、今、自分の作ったその写真雑誌を抱え、書店を回り、本を置いてもらおうと交渉している。一体なぜ、そんなことをしているのか。【中野宏一=仙台市】

 暗い背景の中、木彫りの「釜神」の姿が浮かび上がる。鬼に睨まれているようで、迫力に圧倒される。10月25日に発行された「IN FOCUS」(インフォーカス)第1号の表紙だ。「宮城を視るドキュメンタリーマガジン」と銘打たれたこの雑誌は、仙台市の相沢由介さん(36)が、一人で作った。「いや、全部費用は自費ですよ」と相沢さんは話す。

 79ページに及ぶ雑誌では、相沢さんが撮影した写真やインタビューが並ぶ。仙台市若林区荒浜に今も「明かり」を灯しにくる人のこと。チェーンソーアーティストのこと。薬局の人。お見合い結婚コーディネーター……相沢さんが向き合い、見聞きし、理解・共感した市井の人やモノが描かれている。

相沢由介さんが一人で作り上げた雑誌「IN FOCUS」

佐野眞一の「業」に惹かれ、文章を書き始める

 仙台市出身の相沢さんは、2008年、8年間勤めた会社を辞めた。そして、次に何をしようかと考えたときに、全く浮かんでこない自分を発見したという。「今まで何となく仕事をしていたんです。自分の生き方を考えたこともなかった。だから、どうやって生きていけばいいか、分からなくなった」。相沢さんは「自分がカラッポだった」と話す。

 生きる道が見つからず、引きこもりがちになり、相沢さんは「フリーターやニートをやっていた」という。そんな時、一冊の本に出会う。ノンフィクション作家の佐野眞一さんが書いた「東電OL殺人事件」(新潮文庫)だ。

 相沢さんは、佐野さんの本の「言葉の強さ」に驚いたという。「取材はきちんとしてあるが、対象を自分の中で咀嚼して、再構成してストーリーにしている。事実を取材しながら、自分の作品にしてしまっている。それは『傲慢』な手法かもしれない。でも、その(手法を貫く)佐野さんの『業』の深さに惹かれた」。それから相沢さんは、文章を書き始めた。

 そして2011年、東日本大震災があった。相沢さんは、アメリカのメディアが配信した「IN FOCUS」という写真特集に心を奪われる。それは、「不謹慎なのかもしれないが、震災の悲しい現実を描きながら、写真として、そして、ストーリーとして美しさがあった」という。それから、相沢さんは、写真を始めた。

先行者の覚悟に、「打ちのめされた」

 相沢さんは、取材をし文章を書く仕事を探そうとしたが、今まで経験もなかったため、うまく見つからなかった。「Life-mag.」に出会ったのは、2012年の冬だった。

 「Life-mag.」は、新潟で、小林弘樹さんがひとりで取材・執筆し、発行している雑誌だ。相沢さんは「Life-mag.」に圧倒される。ひとつひとつの写真の被写体との近さ、記事の踏み込み方。「こういうことを、自分ひとりで出来るんだなと思った」

 「就職活動をして、会社の中で取材活動をしようとしたのも、自分一人で取材するのが怖かったからだ。結局、自分は(記者の)腕章が欲しかっただけではないか。それが間違いだったと気づいた、今思えば」

 「Life-mag.」の覚悟に、「打ちのめされた」と感じたという。

「ストーリーを借りて、自分を表現している」

 相沢さんは、「(一言では)割り切れない人を、できれば、そのまま提示したい」と、取材対象について話す。昨年10月から本格的に作り始めた「IN FOCUS」は、1年経ってようやく300部完成した。

 雑誌が完成したことで、かつて感じた「カラッポの自分」は変わったのだろうか。

 「『カラッポ』は変わっていないですね。でも、だからこそ取材する。取材対象の人たちのストーリーを借りて、自分を表現しているのかもしれませんね。佐野眞一がやっていたように」

暗闇の中の「明かり」

 「IN FOCUS」の冒頭記事は、東日本大震災で大きな被害を受け、住むことが禁じられた仙台市若林区荒浜地区に集まる人たちの話だ。

 「何もなくなって真っ暗になった荒浜に、毎日、明かりをつけに来ている人がいる。その景色を写真とストーリーで撮りたかった。明かりをつけることの象徴性、意味を表現したかった」「失ったことがあっても、それを埋めようとしているのだな、と感じた。毎日、冬も来て明かりをつけ続ける人がいる」

 今日も彼は、誰かのストーリーを、自分の中で構成し、表現している。

◆「IN FOCUS」は、税抜1部700円。『ジュンク堂書店仙台TR店』『book cafe 火星の庭』『あゆみBOOKS仙台一番町店』などで扱っている。問い合わせは、相沢さん(aizawa.infocus@gmail.com)まで。

出来上がった「IN FOCUS」を手にする相沢由介さん(中野宏一撮影)