【連載:加茂青砂の設計図~海に陽が沈むハマから 秋田県男鹿半島】秋田県男鹿半島の加茂青砂のハマは現在、100人に満たない人々が暮らしている。人口減少と高齢化という時代の流れを、そのまま受け入れてきた。けれど、たまには下り坂で踏ん張ってみる。見慣れた風景でひと息つこう。気づかなかった宝物が見えてくるかもしれない――。
加茂青砂集落に引っ越して二十数年のもの書き・土井敏秀さんが知ったハマでの生活や、ここならではの歴史・文化を描いていく取材記事とエッセイの連載です。
【土井敏秀】男鹿半島・加茂青砂集落に来て、最初に目にした動物は、ここにはいないはずのニホンザルだった。24年前、まだ家が完成しておらず、裏山のふもとで伐根作業をしている時だった。くっきりと、りりしい姿が心に、映像として残っている。大柄、ふさふさとした淡い茶色の毛、顔と尻が赤みを帯びてふっくらしている。どこからか突然現れ、ボスザルの威厳に満ちていた。確かな足取りで、私を一瞥して去っていく。2度立ち止まって振り返る。きちんと目が合った。まさか、だったし、幻かもしれないと思うからか、これまで口にしたことは、ほとんどない。たとえ幻だとしても、今ならわかる。この地を私たちに、譲ってくれた「存在」がいるのだ。譲り受けたこの地で、贈り物をもらったように、たくさんの命に出会えた。
私は昆虫少年で育った。父親はあちこちに「虫捕り」に連れて行ってくれた。捕って誇らしかったのはオニヤンマである。同じ道を行ったり来たりする習性があり、森の中の1本道で1対1の対決をした。竹竿に取り付けた虫捕り用の大きな網を両手で持ち、待ち受ける。失敗したら振り向いて、オニヤンマが戻ってくるのを待つ。それを繰り返し、何回目かでやっと、手にできた。夏休みの宿題で昆虫の標本箱を作り、オニヤンマがその真ん中を飾った。そのトンボの王様が、なんてこったい。男鹿半島では、群れ飛んでいたではないか。見上げれば、赤トンボだらけなら、自然豊かだなあと、安心して納得できる。あろうことか、それがオニヤンマなのである。「1匹オオカミ」のイメージが、音を立てて崩れた。道路には車にはねられた死体が、散らばっている。拾い集めて、黒と黄色に彩られた数匹のオニヤンマに、茫然とした。
春先の雨が降りしきる夜。車を走らせていると、ヘッドライトに照らされたカエルが1匹、立ちはだかっている。慌てて急ブレーキ。濡れながら降りてみると、あちこちでガマガエルがノソノソ。みんな海側の斜面から道路を渡って、山側の斜面を目指している。後で調べて分かった。ガマこと、二ホンヒキガエルには繁殖期、池や沼に集まり「ガマ合戦」と呼ばれる、メスの奪い合いが繰り広げられるのだという。その水辺が山側にあるのだろう。「行進」は数日続いたが、そこにたどり着くまですら、交通事故という、大きな危険を冒さなければならないのか。でも、その光景に出合ったのは、24年に1度だけである。ガマたちは、どこへ行ったんだろう?
春先に雪が消えると、畑を耕せる季節である。1鍬1鍬、固い土に振り下ろす。あっ、あわや、の場面に遭遇した。カエルは土の中で冬眠するのです、をその場面が教えてくれた。冬眠状態のまま、掘り起こしてしまったのだ。四角い箱に押し込んだみたいに、体を押し曲げている。カエルのサイコロ? 手の上に乗せると軽い体がゆっくり、指先から動き出した。まずい。慌てて、枯葉を集めその中に、そおっと。土をかけた。2度寝してくれただろうか。
畑は夏が近づく季節も要注意。セミの幼虫が地上に顔を出すために、深場から移動しているのだ。1鍬1鍬ごとに、そのまま掘り起こしてしまわないか、気を遣う。やっちまったい。もごもご歩き出す。小さいからこれは、ニイニイゼミか。埋め戻しながら思う。繁殖行動とはいえ、地上に出ることで、生を謳歌しているのだろうか。土の中にいた方が楽だったのではないか。十数年いるのだから。地上は長くて1ヵ月ぐらいしかいない。ヒグラシなんか、早朝、夕方に騒音と感じるぐらい切羽詰まって鳴いている。悲痛な叫びに聞こえてしまう。幸せそうじゃないんだなあ。
国の天然記念物・カモシカを見かける機会はよくあるが、大人の雄カモシカが集落に降りてきたことがあった。畑にいるところを「山に帰れ」と追われ、おとなしく戻っていったが突然、振り返り、そのジサマを襲った。自宅前である。倒れ込み仰向けになったジサマは、右手でカモシカの右角をつかみ、左足で腹部を抑えた。玄関の戸が開く。長男が顔を出す。(オヤジがカモシカとプロレスしてる。まさか、嘘だべ)。夢を見たと思った長男は戸を閉めた。「助けろオ」。これは現実なんだ、と気づいた長男の手助けで、カモシカをようやく取り押さえ、ロープでつないだ。うなだれたカモシカの前には、バナナが置いてあった。
カラスはクルミが実る秋、その実を拾ってきてくわえたまま、空中で落とす。車に引かせ、割れて出た身をほじくって食べる。ここまではよく見る光景である。それが加茂青砂だと、レベルアップしている。遠心力を知っている。空中で1回転して、放り投げる。クルミはより高いところから、速度を増して落下。割れる確率が高くなる。走る車が少ないせいなのか、知恵を働かせざるを得ないのか?野生動物なのに、火も恐れない。ゴミを燃やしているドラム缶の空気穴から、焼けた弁当の残り物を引きずり出し、燃えたままのを、くわえて飛んでいる。漁師の1人が言う。「(船の甲板に残った)小魚を目当てに来るカラスを、何度か追い払った。そしたら、まだ火がついている燃えさしを、落としていった。わざとだろう。怖くなって、追い払うのをやめた。
命は弱ると、何かに、誰かに頼る。人間にも頼る。海っぱたで魚をさばいていると、遠巻きに見ているウミネコの1羽がいつの間にか、そばにいた。一緒に水平線を眺めている。よく見ると足に、釣り糸が絡みついている。魚の臓物をそばに投げると、すぐに食いつく。2つめ,3つめ……近づいてくる、ほかのウミネコを追い払うのに忙しい。ほうら、取られちゃった。
人間に頼るのは、海の中でも変わらない。それでも、やせ細ったクロダイがすり寄って来たのには、まさか、だった。引っかかった釣り針から何度も、命拾いしたのだろう。顔中傷だらけなのだが、食べ物が欲しくて、フラフラ近寄ってきたのか。確かに弱っている。捕ったサザエを殻から外し、放り投げるとひと息で食べる。2個、3個……勢いよく姿を消した。
人前に平気でというか、必死の思いなのだろうけど、顔を出すタヌキは決まって皮膚病にかかっている。毛が抜け落ちている。病気だからなあ、悪いけど、追い払ってしまう。翌朝、波打ち際にその死体が横たわっていた。波にさらわれ、沖に流されていき、沈んだ。海が弔ってくれた。(続く)
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