【写真企画・東北異景】第四回:晩秋の「地獄」に足を踏み入れる 秋田県湯沢市「川原毛地獄」
蒼空の下に灰白色の山肌が連なる。風音さえ途絶えて、生命の気配は感じられない。紅葉に彩られた晩秋の山あいに“地獄”が存在していた。【文・写真/佐瀬雅行】
川原毛(かわらげ)地獄は秋田県湯沢市の南東部、宮城・山形との県境に近い山中に位置する。火山活動で堆積した凝灰岩が火山ガスによって漂白され、独特な景観が生み出された。栗駒国定公園の一部で、「ゆざわジオパーク」のジオサイトに指定されている。
大同2(807)年、月窓和尚がこの地に霊通山(れいつうざん)前湯寺(ぜんとうじ)を建立。天長6(829)年には、東北各地を布教していた慈覚大師円仁が訪れ、地蔵菩薩を奉納したと伝えられている。荒涼とした風景が仏教の世界観と結びついて地獄と呼ばれるようになった。青森県の恐山、富山県の立山と並んで日本三大霊地の一つに数えられるが、仏教以前から非日常的な場所として信仰の対象だったと推測される。
地獄に足を踏み入れる。標高約800㍍。案内板によると、川原毛には血の池地獄や針山地獄など136の地獄があり、近くには三途川も流れている。まずは正面に見える針山地獄を目指すが、「危険立入禁止」の看板とともに遊歩道は途中で閉鎖されていた。周辺の所々から有毒な火山ガスを含んだ水蒸気が噴き出し、噴気孔には黄色い硫黄の結晶が固まっている。仕方なく下りの道を選び、細かい石礫に足を取られながら歩き始めた。鼻をつく硫化水素の臭いと一面の白茶けた山肌。このまま無間地獄をさまよう悪夢を思い浮かべた。
標高が下がるとともに植生が豊かになり、心が安らぐ。1㌔ほど進むと風景が開け、石造の地蔵菩薩が祀られていた。ここは前湯寺の跡で、傍を流れる渓流は湧き出た温泉が湯気を上げている。さらに雑木林の中を約500㍍下った地点で雄大な滝と遭遇した。川原毛大湯滝。上流で湧出した温泉が沢水と混じり合って豪快に流れ落ち、滝つぼや渓流は天然の露天風呂になっている。川原毛地獄との標高差は約170㍍。手を浸してみると湯加減はちょうど良い。古来、多くの修験者や参詣人が温泉に入って疲れを癒したことだろう。川原毛では地獄の下に極楽浄土があった。
しばし極楽気分を味わって出発地点に引き返したが、上りの道は相当にこたえる。カメラバッグが肩に食い込み、まさに“地獄の苦しみ”だった。