秋田県南部―ーそれは新幹線整備計画から取り残された地域である。岩手県盛岡市から秋田県秋田市までは「秋田新幹線」が通り、山形県新庄市までは「山形新幹線」が運転している。しかし、秋田県南部の横手市・湯沢市といった地方は、新幹線稼働エリアから遠く、東京から5時間近くかかる。以前より新幹線の導入を熱望してきた秋田県南部地方だが、その夢が実現する可能性はどれだけあるのだろうか。(吉田かずなり)
「この地域の皆さんはとても不幸」
「この地域の皆さんはとても不幸であると思います。なぜならば、新幹線の需要が相当あるにもかかわらず、新幹線の整備計画から取り残されており、一方で他の地域では次々とフル規格の新幹線が誕生しているからです」
会場に詰めかけた約200人の住民らを前に、鉄道ジャーナリストの梅原淳さんが口を開く。7月5日、秋田県湯沢市の湯沢グランドホテルで「山形新幹線大曲延伸推進会議」が主催するシンポジウムが開かれた。秋田県南部がかねてから悲願していた「奥羽新幹線」の実現性について、行政や住民とともに考えるシンポジウムだ。
再燃した「奥羽新幹線」構想
そもそもなぜ、秋田県南部には新幹線がいまだに通っていないのか。事の発端は山形新幹線開業の1992年にさかのぼる。山形新幹線は、いわゆる「ミニ新幹線」として開業した。「ミニ新幹線」は、路線の一部でレール・架線等の設備を在来線と共有することで、安価かつ短い工期で建設することができる新幹線だ。
福島から在来線の「奥羽線」を利用することで「ミニ新幹線」として開業した山形新幹線はその後、1999年に山形駅から新庄駅まで延長された。1997年には同じくミニ新幹線の「秋田新幹線」が開業し、盛岡駅ー秋田駅間も新幹線沿線となった。しかしその後新幹線開発の動きはなく、現在に至っている。この取り残された部分、奥羽線地域の新幹線を完成させようという計画を、通称「奥羽新幹線計画」と呼ぶ。
高速交通網から取り残されてきたことで、湯沢市、横手市などの秋田県南部地域は衰退に拍車がかかっている。地元民も「実現性が低い」として諦めてかけていたこの計画だが、秋田県の佐竹敬久知事が今年1月、奥羽・羽越の両新幹線計画を推進する方針を打ち出すと、新幹線誘致の議論が再び熱を帯びた。湯沢市の村上博幸総務部企画課長は「山形新幹線延伸運動は、(山形新幹線が開業した)1992年からずっと行ってきた。国や県の反応はあまり良くなく、成果も上がらずあきらめムードだったが、今年1月の佐竹秋田県知事の奥羽新幹線構想で弾みがついたかたちだ」と語る。
「奥羽新幹線」、本当に作れるの?費用や工法を考えてみる
当初想定されていた構想は、現在新庄駅まで運転している「山形新幹線」を、秋田県大曲まで延伸するという案だった。梅原さんは、この案であれば、工事期間1〜2年、400~500億円程度の総工費でまかなえると試算している。しかし、梅原さんによると、単純延伸案には3つの大きな問題がある。
まず、単純に伸ばすだけだと、平均速度が在来線並みの山形新幹線が現在の仕様のまま延伸されるため、所要時間が長くなってしまう問題がある。また、現在運転中の山形新幹線が使用している奥羽線の線路やトンネルは大半が明治時代に整備されたものをそのまま使用しているため、設備・基盤が老朽化している。さらに雪対策として、フル規格新幹線なら必要のない「除雪作業」が必要になる。
次に案として考えられるのがフル規格の新幹線整備だが、これは費用面から現実的でない。フル規格の新幹線はミニ新幹線の約10倍の費用を要するため、新庄~大曲間だけでも約4500億円の予算が必要となるという。これは、秋田県・山形県・JR東日本ともになかなか捻出できる額ではない。
奥羽新幹線実現の第三の案「スマート新幹線」
そこで、梅原さんがシンポジウムで新しい第三の方法として提唱したのが、「スマート新幹線」案だ。これは、線路の乗る基盤をコンクリートにして除雪を不要にした上で、フル規格の新幹線車両を線路の幅を広げた在来線に走らせるという構想。在来線特有の急なカーブが問題となるが、「車両を傾けることで解決できる」と梅原さんはいう。このスマート新幹線ならば、一定の高速化と、雪対策、さらには線路保守の簡便性を担保したうえで、「建設費はフル規格の新幹線の半分から3分の2(約3000億円)でまかなえる」と梅原さんは試算する。
会場での質疑応答では、高齢女性が「私の生きている間に新幹線は来ないかもしれないと、半分諦めていましたが、今日の先生のお話を聞いて希望が出てきて、涙が出るほどうれしいです」と、声を詰まらせた。ある住民男性は「今まで我々は住民と行政と政治が別々に動いていて、活動が一体でなかった。これからは、地域の未来のため、すべての活動を総掛かりにしていかなければならない」と発言し、決意を新たにしていた。
財源問題をはじめ課題は多いが、新幹線空白地帯の秋田県南部地域の衰退は目に見えて進んでいる。議論が再燃した今、悲願の「奥羽新幹線」が誕生する日を、住民たちは待ち望んでいる。