【寺島英弥(ローカルジャーナリスト)】今年もサクランボを遠くの友人らに送ろうと旬の季節に訪ねた山形。しかし、果樹園が連なる産地では、例年あふれるばかりの贈答向けの「真っ赤な恋人」が極端な品薄。直売店には買い求める客の長蛇の列ができるが、連日たちまち売り切れに。昨年夏の記録的猛暑が生んだ規格外の「双子」サクランボが多発し、今年の開花も早く受粉がうまくいかず、生産者も困惑している。温暖化が産地全体に影響しているといい、「このまま暑さが続けば、適地も北に移ってしまう」という農家の懸念の声を聞いた。
双子やハートの形、三つ子の実が多く
月山を遠望する山形県東根市の通称・フルーツラインは、山形を代表するサクランボの産地だ。6月半ばから果樹園の緑は赤い実で彩られ、人気の「佐藤錦」が最盛期で、直売の看板が並ぶ。地元農協の大型直売施設に立ち寄ったのは午前9時の開店時刻の30分以上り前。すでに入り口から裏手までぐるりと4分の3周ほど、待ち人の行列ができているのに驚いた。
多くが県外ナンバー車での遠出早出の客。『ここから先は、買えない可能性が高くなります』という表示板がいくつも立てられたが、最後尾だった筆者の後ろに人がどんどん増える。だが、「先日は5時から並ぶ人もいて、たちまち売り切れた。毎年来るが、こんなことは初めて」という周囲の立ち話を耳にし、早々に諦めて列から離れた。
果樹園に設けられた生産者の店を回ってみた。収穫されたサクランボの実を箱詰めしていた女性に買いたい旨を告げると、「申し訳ない、まともな実はすべて、贈答品を予約したお客さんの分。品不足で、残念だけど、売ってあげる分がないんです」。ビニールシートに広げられた実には、実が二つに分かれて、ずんぐり双子になもの、ハート形になったものが多く見られ、三つ子のサクランボも交じっていた。
予約で精一杯、やむなく「訳あり」パックも
なぜ、双子のサクランボが多いのか。昨年夏の長い猛暑が原因だという。筆者も初めて聞いたが、サクランボの木が花芽をつくる夏、生命維持の危険を感じるほどの高温が続くと、生命維持の危機に備え多くの子孫をつくろうとし、花芽を2本に増やすため、翌年、双子のサクランボが多くできるという。自然の暑さに加え、サクランボの果樹園は、実割れを雨除けテントで覆われ、一層高温になりやすい。
「双子はハート形の縁起物と結婚式で使われた時もあるが、甘さもやや薄く、熟(う)みやすく出荷できない。今年の出方は異常で、選別が大変だ」と別の農家はため息をついた。せめて手間賃になればと双子、三つ子の実を1パック500円で並べていた。 一粒食べてみると、変わらぬ甘さに感じるが……。
国道沿いの産直の店では、せめて遠来のお客さんに応えようと、不揃いな佐藤錦の「訳あり」や「双子」の札を添え、ハートの形のケースにも入れて300~500円、色つやの良いものは1000~2000円台のパックを作り並べていた。平年であれば2㌔詰めで1万円近くしそうな紅秀峰や高級品種・紅王の安価なパックもあった。この店でも「出荷できる分は予約に応えるので精いっぱい」という。甘さが魅力の紅秀峰は本来7月も収穫期が続くが、今年は「今年は6月いっぱいで終わりかな」と残念そうだ。
温暖化が進めば、産地も北へ移る?
昨年秋に取材させてもらった同県村山市の農家高橋久一さん(75)=記事参照サクランボ40年の山形の農家、75歳の「卒業」を決意。高齢化、後継者不在の現実進む |TOHOKU360=に尋ねてみた。「今年は本格的なサクランボ栽培をやめて10㌃ほどに木を減らしたが、うちも収穫は半減。今年も、本来は4月末から5月初めの開花が1週間以上早まり、(農協から貸し出される)受粉のためのミツバチが本格的に飛ぶ前に花が終わった。その時期に雨、寒さもあった。去年のような夏の猛暑だけでなく、季節全体に温暖化が進んで、そのうちサクランボの適地が北に移ってしまうのでは」と高橋さん。
「サクランボは天候に左右されやすく、設備、消毒などの経費が掛かり、人手も慢性的に足りない。高齢の農家が多く、先行きが心配だ」
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