自分のまちにオーケストラがあるけれど、クラシック音楽って難しそうでよくわからないーーそんな方も多いはず。オーディオでは味わえない、オーケストラの「生演奏」の魅力とは何なのか?仙台市を拠点を活動する「仙台フィルハーモニー管弦楽団」事務局の長谷山博之さんが寄稿してくれました。
高価なオーディオで目隠しをして聴かされたら…?
【長谷山博之(仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局)】昔は仙台にも何軒か「名曲喫茶」があって、けっこう常連が溜まっていた。オーディオ装置は普及していたとはいえ、それなりの音量でしっかり聴くためには名曲喫茶が心地よい場所であった。
仙台でオーケストラの演奏会と言えば、年に数回の宮城フィルハーモニー管弦楽団(仙台フィルの前身)や東北大学交響楽団、それと時折開催のNHK交響楽団や日本フィルハーモニー交響楽団、そして来日オーケストラの公演が年に1回ずつくらいだった。 お金のない学生はおいそれとチケットを買う事も出来ず、名曲喫茶の一杯のコーヒーでスピーカーに向かいながら随分楽しませてもらったと思う。
以前に、個人でとんでもない高価なオーディオ装置を購入された方がいて聴かせていただいた。凄いものである。「しょせんは機械であるオーディオ装置が、生の演奏会に勝る訳がない」という私の想いは一瞬にして飛んでいった。1951年に録音されたウィルヘルム・フルトベングラー指揮のベートヴェン「第九」がとんでもなく良い音で聴こえてきた。モノラル録音であるが、会場で聴く生音よりも遥かにいい音だと思った。
眼を閉じると、コンサート会場に居るかのような錯覚に陥った。舞台図も描けそうなくらいリアルな錯覚だった。それまで気がつかなかった音も聴こえ、もの凄く集中して聴いてしまった。「お金は掛かるけど、極めればここまでいい音で聴けるんだなぁ‥いつできるか判らない音楽ホールより、この装置で名曲喫茶を復活したいいのに」なんて悪魔の声が聴こえた(笑) 。目隠しをして連れてこられ、聴かされたら迷うと思う。
生演奏だから味わえる体験がある
それでは、演奏会の「絶対優位」は何なのだろう?考えた結果、①空間②絶対音量③視覚④赤の他人との感動の共有―の4点ではなかろうか。
「空間」は、聞いたところによると、建物内の広い空間を脳は「美しい」と判断し、それだけで満足感が増すそうだ。コンサートホールの広い空間で鳴り渡るフルオーケストラの交響曲のフォルテッシモ、そしてピアニッシモの小さな響きがホールの天井まで届き、淡雪の様にフワッと消えゆく様は、広い空間であるが故に味わえる、たまらない快感である。
「絶対的音量」は、その音量でなければ出ない音色を、その音量で聴く事ができることで、生の演奏会ならでは。「視覚」も大切で、風邪をひいて鼻が詰まった時に食事をすると味が半減であるのと同じだ。人間というのは不思議なもので、視覚を注力する方が音がよく聴こえてくる、そんな気がするのは私だけではあるまい。
そして、「赤の他人との感動の共有」である。一昨年、群馬交響楽団の75周年記念演奏会を訪ねた。新しくできた高崎芸術劇場(2019年開館)は羨ましいの一言。山田和樹さんの指揮、今井信子さんのヴィオラの共演はもう絶品だった。そして、何といっても高崎市で、知ってる人など誰もいない“アウェイ”の私が、見も知らぬ群馬の皆さんに交ざっての大喝采。これだけは対抗不可能なものであろう。
演奏会の「知らない曲」も醍醐味
さて、演奏会にいざ行こうとすると、知らない曲目のプログラムにためらう方もいらっしゃると思う。だが、心配するなかれ。仙台フィルの定期演奏会では年に25曲の作品を取り上げるが、そのうちの10作品が初めての作品。演奏する側も戸惑ってしまっている(笑)
定期ではないが、仙台フィルは6月10日に東京オペラシティで、世界的ヴァイオリニスト、ギドン・クレーメルと共演した。共演する2曲とも、知らぬ人の方が多い曲である。ヴァイオリン界の頂点と言われる氏との共演を楽しみにしつつ、全然知らない曲故に団員の緊張も半端でなかった。
今はネットで音源を探して聴く事が出来るようになったが、何年か前までは「誰かCD、持ってない?」と騒いでいた。未知の冒険も演奏会の醍醐味である。(文/仙台フィルハーモニー管弦楽団事務局・長谷山博之)
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