【仙台ジャズノート】コロナとジャズ「一歩でも前へ」サックス奏者安田智彦さんの場合

【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】「我々プロの音楽家は人前で演奏することで暮らしを成り立たせてきた。音楽を職業としている者に人前で演奏するな、というのは、廃業しろ、と言うのと同じことだ。そんなわけにはいかない。暮らしを成り立たせるためには誰かが一歩踏み出さなければならない」

仙台在住のサックス奏者で「仙台ジャズスクール」(仙台市青葉区)の主宰者、安田智彦さん(63)は、新型コロナウイルスへの向き合い方をそろそろ工夫する必要があると強調しています。

新型コロナウイルスは社会的な動揺と緊張を与えています。この連載で取り上げてきた身近なジャズの現場にも深刻な影響が出ています。仙台地域では、障害のあるなしにかかわらず音楽を楽しむ「とっておきの音楽祭」(2020年6月7日開催予定)や30回の節目を迎えるはずだった仙台の定禅寺ストリートジャズフェスティバル(2020年9月12、13日開催予定)、ジャズプロムナード仙台などの大型の音楽イベントがすべて中止を余儀なくされました。

大型の音楽イベントが中止になったことにより、参加を目指してきた音楽グループの目標が一瞬にして消えてしまいました。新型コロナウイルスの感染拡大を懸念し、音楽イベントの会場となる施設や練習会場となる施設の多くが事実上、休業。アマチュアの演奏グループの中にはこれらの音楽イベントを1年の主要な目標に掲げ、活動計画を練っているケースが数多くあるため、活動計画の練り直しを迫られています。音楽活動にとって目標の喪失は活動の動機自体を直接揺さぶります。

新型コロナウイルスの影響がより深刻なのは、プロやプロ志向の強い演奏者たちです。予定されていた公演やライブ、音楽イベントがほぼ完全に中止になったため、収入の道が断たれました。ウイルスの感染拡大と影響範囲が明らかになるに伴い、国や県、市町村の経済的な支援策が少しずつ具体化しました。しかし、やっと具体化した支援策も、金額や支援範囲などの点で危機を克服するに足る内容かどうか疑問の声も上がっています。

「わたしは音楽家。自分の音楽を届けたい人の前で演奏したい」と語る安田智彦さん
(「わたしは音楽家。自分の音楽を届けたい人の前で演奏したい」と語る安田智彦さん)

安田さんのプロの演奏家としてのキャリアは40年を超えています。ビッグバンド「東京ユニオン」のリーダーで、同郷の故高橋達也さんの13回忌のコンサートを仙台と山形県鶴岡市で開いたところ「このご時世に本当にコンサートを開けるのか」との問い合わせが殺到。それぞれ100人程度を見込んでいた入場者が50人ほどにとどまりました。「50人でも来てもらえて本当にありがたかったが、正直なところこれは大変だ」と嫌な予感がしたそうです。

新型コロナの影響で売上が減少した中小事業者等が事業継続に使える「持続化給付金」100万円も含めて、プロの演奏者として生きていくための方策を種々、検討した結果、12月7、8日と10日の日程でライブを計画し、その前売券を買ってもらう資金確保策を実施。2011年3月11日の東日本大震災後、安田さんが開校した「仙台ジャズスクール」の運営経費の見直しにも着手しました。「コロナとジャズ」について考えるうえでは、安田さんが模索していることが別にある点が重要です。

「我々がやっているジャズは、ライブと言っても、イケイケのバンドが会場と一体となって開くようなコンサートとは違う。盛り上がっても静かに拍手してくれるような観客なんだ。それなのに今は、生演奏イコール『ライブハウス』のようにとらえられ、一緒くたにされて全部駄目と言われているわけだ。そこをアピールしていかなければならない。ささやかにでも、少しずつでもやっていかなければならない。そういうチャンスがあれば喜んで演奏させてもらう」

確かにいわゆる「三密」回避などの指針がある一方、状況によっては50人規模ならイベント開催OKのような表現も政府や専門家からは聞こえてきます。それでも、安田さんが強調するような、音楽の質やイベントの雰囲気-ライブの実態にまで踏み込んだ判断は示されていません。他の分野でも同様の問題があり、事業経営の現場の当事者たちを悩ませています。

「はっきり言って、このままでは何もできない。一生、音楽できません。瀬戸際なんです。音楽家に音楽やるな、というのは、そういうことでしょ。物書きがもの書くなと言われているのと同じことです。だから死活問題なんです。ジャズ演奏者として、たとえばでかいことをやりたい、なんてことはもう考えていない。ただ、人に喜んでもらうために演奏したい。そこは大事にしたい。自分がやりたい曲、聴かせたい曲とか、そういうのよりも、何を聴いて楽しんでもらえるかを考える。だからお客さんは何人でも構わない」

身近な現場のジャズ演奏者の大半は、商業的な意味で恵まれているわけでは決してありません。昨今、はやりの高級・豪華なライブ感覚とはかなり違うところで、自分と聴衆のための音楽を目指し、切磋琢磨しています。同じジャズのコミュニティでもかなり異質な、しかし、ジャズ音楽の未来にとっては大切な要素を含んでいるとしたら、新型コロナウイルス対策のありようもまた異なるはず。安田さんが指摘する「イケイケじゃない」ジャズのスタイルは、ひょっとしたらコロナ拡散のリスクの低い日本型のジャズシーンであるかもしれないわけです。

この連載が本になりました!】定禅寺ストリートジャズフェスティバルなど、独特のジャズ文化が花開いてきた杜の都・仙台。東京でもニューヨークでもない、「仙台のジャズ」って何?仙台の街の歴史や数多くのミュージシャンの証言を手がかりに、地域に根付く音楽文化を紐解く意欲作です!下記画像リンクから詳細をご覧下さい。

【連載】仙台ジャズノート
1.プロローグ
(1)身近なところで
(2)「なぜジャズ?」「なぜ今?」「なぜ仙台?」
(3)ジャズは難しい?

2.「現場を見る」
(1) 子どもたちがスイングする ブライト・キッズ
(2) 超難曲「SPAIN」に挑戦!仙台市立八木山小学校バンドサークル “夢色音楽隊”
(3)リジェンドフレーズに迫る 公開練習会から
(4)若い衆とビバップ 公開練習会より
(5)「古き良き時代」を追うビバップス
(6)「ジャズを身近に」
(7)小さなまちでベイシースタイル ニューポップス
(8)持続する志 あるドラマーの場合
(9)世界を旅するジャズ サックス奏者林宏樹さん
(10)クラシックからの転身 サックス奏者名雪祥代さんの場合
(11)「911」を経て仙台へ トランペット奏者沢野源裕さんに聞く①
(12)英語のリズムで トランペット奏者沢野源裕さんに聞く②
(13)コピーが大事。書き留めるな/トランペット奏者沢野源裕さんに聞く③

3.回想の中の「キャバレー」
(1)仕事場であり、修業の場でもあった
(2)南国ムードの「クラウン」小野寺純一さんの世界
(3)非礼を詫びるつもりが・・ なんちゃってバンドマン①
(4)プロはすごかった なんちゃってバンドマン②
(5)ギャラは月額4万円 なんちゃってバンドマン③
(6)しごかれたかな?なんちゃってバンドマン④

4.コロナとジャズ
(1)仙台ジャズギルドの夢・仙台出身の作編曲家秩父英里さんとコラボ
(2)ロックダウン乗り越え「未来のオト」へ/作編曲家でピアニスト秩父英里さんに聞く
(3)動画配信で活路を開く/ベース奏者三ケ田伸也さんの場合
(4)「WITH コロナ時代」のプラットフォーム
(5)一歩でも前へ/サックス奏者安田智彦さんの場合
(6)コミュティFMと連携 とっておきの音楽祭の挑戦

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