【仙台ジャズノート】回想の中の「キャバレー」(6)しごかれたかな?なんちゃってバンドマン④

佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】ジャズ音楽に関する知識はレコードやラジオ番組を通して得る以外にない時代だった。当時、日本中にあったジャズ喫茶で何時間も粘り、そこでかけられるレコードを聴くのが、最も経済的な修業だった。仙台市内にも数件のジャズ喫茶があったが、一番町に今でもある「カウント」の居心地が良く、夜も昼も通った。多くの先輩たちに迷惑をかけながら続けたキャバレーでの演奏が何よりも重要だったのは言うまでもない。

ジャズ喫茶のある風景。ジャズの巨人カウント・ベイシーにちなんだ「カウント」(仙台市一番町)は1970年代と変わらぬたたずまい。名盤、稀少盤がぎっしり詰まったレコード棚はジャズ演奏者にも注目されている。
▲ジャズ喫茶のある風景。ジャズの巨人カウント・ベイシーにちなんだ「カウント」(仙台市一番町)は1970年代と変わらぬたたずまい。名盤、稀少盤がぎっしり詰まったレコード棚はジャズ演奏者にも注目されている。

「クラウン」で演奏したのはジャズだけではもちろんない。ポピュラー、ラテン、歌謡曲など幅広かった。期間限定で歌手が入ることがあった。渡される楽譜はその当時の新しめのヒット曲か昔のヒット曲であることが多かった。歌手のバックで演奏する場合、歌手の音域が一人ひとり違うので、渡される譜面も異なる。メロディーやコード(和音)を担当する楽器の演奏者が神経を使うことが今なら分かるが、当時、こちらはリズム楽器であり、のんきなものだった。今でも歌謡曲やラテン、ジャズの古いスタンダードについていけるのはあのころの「TALK NOISE」での日々のおかげだ。

「出来ないなら明日から来なくていい」と言われそうだった。初めての曲を何とか最後まで止まらずに演奏したと思って安心しても、他のメンバーの冷ややかな表情はこたえた。何よりも沈黙がきつかった。バンマスだけは声を荒げることのない人で本当に優しかったが、その実、とっくの昔に見捨てられていたのかもしれない。

勉強になったのは、クラウンのメーンバンドであるビッグバンド「グルービン・ハード」の演奏だった。20人規模の華やかなビッグバンド。少人数の編成とは違って、ビッグバンドはパートごとにアレンジが加えられていた。演奏する曲も、ジャズのスタンダードやラテン、ポピュラーが多く、豪快でおしゃれだった。ビッグバンドと交代でステージを務める「TALK NOISE」のような少人数のコンボバンドは「チェンジバンド」と呼ばれていた。

クラウンのステージは客席やダンスフロアから見て一段高いところにあり、当時のキャバレースタイルそのままだった。楽屋は地下にあり、螺旋階段を使ってステージと行き来していた。楽屋わきには従業員用の卓球台が置かれていた。夕食は最初のステージ終了後。出前で13連続天津飯という記録があったことを突然思い出した。休憩時間はステージの横で「グルービン・ハード」の演奏をずっと聴いていた。あの時、自分にもっと聴く耳があればなあ、と今なら思う。

「なんちゃってバンドマン」の初めのころは「失敗しない」「ステージに穴をあけない」ことだけで過ぎていったが「グルービン・ハード」のドラマーさんが急に都合が悪くなり、代役(トラ=エキストラの略)を頼まれたことがあった。自分のバンド「TALK NOISE」と「グルービン・ハード」は毎晩交代でステージを務めるので、本来なら代役が回ってくることはない。「グルービン・ハード」が引き受けたクリスマスパーティから「クラウン」の本番まで通しで代役を務めたのだった。

クラウンのステージではバンドの交代時には必ず「テネシーワルツ」を演奏し、生バンドの演奏が途切れないようにしていた。演奏しながらユニフォームを着替えたのも今から思うと懐かしいし、後にも先にも、あんなに長い時間、ドラムの席に座っていたことはない。「グルービン・ハード」の方によほどの事情があったのだろうが、もちろんビッグバンドの譜面を追うのが精いっぱいだった。

実に多くの刺激を与えてくれた「グルービン・ハード」はその後「サウンド・スペース」と名前を変え、当時のリーダーでトロンボーンを担当した白石暎樹さん(77)が今でもリーダーを務めている。次の次のPART5「シニア世代からの伝言」では、いよいよ白石さんへのインタビューから始まります。

【連載】仙台ジャズノート
1.プロローグ
(1)身近なところで
(2)「なぜジャズ?」「なぜ今?」「なぜ仙台?」
(3)ジャズは難しい?

2.「現場を見る」
(1) 子どもたちがスイングする ブライト・キッズ
(2) 超難曲「SPAIN」に挑戦!仙台市立八木山小学校バンドサークル “夢色音楽隊”
(3)リジェンドフレーズに迫る 公開練習会から
(4)若い衆とビバップ 公開練習会より
(5)「古き良き時代」を追うビバップス
(6)「ジャズを身近に」
(7)小さなまちでベイシースタイル ニューポップス
(8)持続する志 あるドラマーの場合
(9)世界を旅するジャズ サックス奏者林宏樹さん
(10)クラシックからの転身 サックス奏者名雪祥代さんの場合
(11)「911」を経て仙台へ トランペット奏者沢野源裕さんに聞く①
(12)英語のリズムで トランペット奏者沢野源裕さんに聞く②
(13)コピーが大事。書き留めるな/トランペット奏者沢野源裕さんに聞く③

3.回想の中の「キャバレー」
(1)仕事場であり、修業の場でもあった
(2)南国ムードの「クラウン」小野寺純一さんの世界
(3)非礼を詫びるつもりが・・ なんちゃってバンドマン①
(4)プロはすごかった なんちゃってバンドマン②
(5)ギャラは月額4万円 なんちゃってバンドマン③
(6)しごかれたかな?なんちゃってバンドマン④

4.コロナとジャズ
(1)仙台ジャズギルドの夢・仙台出身の作編曲家秩父英里さんとコラボ

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