新聞記者から社労士へ #3 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記
「貴君の大学採用の件、極めて困難な状況になりました」。新聞社を60歳で定年退職したら、当てにしていた再就職が白紙に。猛勉強の末に社会保険労務士資格を取得して開業してからの10年間で見えた社会の風景や苦悩を、元河北新報論説委員長の佐々木恒美さんが綴ります。(毎週水曜日更新)

皆目知らない営業のこと

社労士の仕事は、主として中小事業所と顧問契約、業務委託契約を結んで、会社のルールブックである就業規則の作成、見直しや、労務、労働問題のアドバイス、助成金・給付金の申請、それに個人から依頼された障害年金の請求などです。

弁護士、司法書士、税理士、行政書士などの士業と比べ一般の認知度は低く、ひと昔前は、名称の「保険」や「労務士」から生命保険などの保険関係や、働く人を手配する労務関係の職業と間違えられた、ということです。

そんな社労士ですが、資格を取得したからといって、すぐに稼働できるわけではありません。通信教育による添削指導や東京での座学研修が必須となっており、それが終了すると、もう63歳間近でした。

それで後先を考えず開業したわけですが、知人に紹介され、2、3の社労士を訪ねますと、「1、2年は全く顧客ができないかも知れない。我慢して地道に活動するほかない」と一様に言われたのです。

営業のことは皆目知りません。「何かとお世話になることが多い」と周囲からのアドバイスを受け近所の税理士さん、中小企業診断士さん、記者時代に知り合った弁護士さんを訪ねたり、毎年年賀状を交換している友人らに挨拶状を出したり。それに、次女の助けを借りて簡単なホームページを作成したくらいです。

続く悶々とした日々

元々が脳天気で、会社関係者や懇意にしている知人らから3、4社ぐらいは紹介してもらえるだろうと皮算用し「なるようになる」。ところが、先輩社労士の予言通り1年経っても顧客契約してくれる会社はありません。社労士として覚えなければならない労働、年金関係のことなどがやたらに多いのに、仕事はない。仕事がないから、覚えたと思ったこともすぐ忘れてしまう。また、悶々と日が過ぎていきます。

実務経験も乏しい者に、大切なお金を掛けて顧問契約などしてくれる事業所があると思う方がおかしいのです。立場を替え、仮に私が友人に紹介を依頼されたとしても、実力が不確かで、ろくに経験もない人を推薦することはできなかったと思います。

手作りテキストで年金教室開講

仙台市内のカルチャーセンターで「やさしい年金教室」を開いたのは、そんなときです。受験の際、最もてこずった年金について、老後の生活設計に取り組むご夫婦や、会社で年金の事務を取り扱う総務、経理関係者らの方に分かりやすく説明できたらいいなという思いと、まずは人とつながりを築こうと考えたのです。

当時、大手証券会社で顧客を対象にして開催していた公的年金セミナー。何度か出掛け、テーマや話術を参考にしました。「あのぐらいなら、何とかしゃべることができる」「もう少し肉付けして、中身の濃いものにしよう」と。

テキストづくりは思いの外、難航しました。図やグラフを多用し、できるだけビジュアルなものにしたかったのですが、今そのテキストを取り出して見ると、リーフレットなどを下地に、あっちのグラフ、こっちの計算様式を組み合わせたお恥ずかしいものが出て参ります。

教室は、午後6時半から8時までの1回1時間30分。3か月5回の講座ですから、計7時間30分になります。テーマは「年金のあらまし」「年金額の計算方法」「定期便の読み方と請求手続き」「年金と組み合わせた60歳以降の賢い働き方」「最近情勢と将来の課題」。

「やさしい年金教室」とは銘打ってはいるものの、年金の仕組みは複雑で、一般の人はなじみにくい、と思われます。どのようにお話しすれば、理解してもらえるか。こちらも、半分は素人のようなものですから、なるべく専門用語を避けて日常用語で。

初めてできた顧問契約

受講生は1回7、8人。少ない人数ですが皆熱心です。それに応えようと、授業開始前の約30分間は、希望者を対象に個別の相談にも応じておりました。

教室は3か月開くと、次の3か月は応募者が少ないためお休み。1年に2回開催のペースで3年半ほどお世話になりました。社労士として顧問契約していただいた第1号は、受講していた女性が取締役を務める建設会社です。「社労士さんって、年金だけでなく、労務関係も仕事でしょう。就業規則をお願いしたいと思って」。 教室が終了した今、受講してくれた方から思いがけずメールをもらったり、業界の集まりなどの講師として招いてくれたり。温かい励ましは、仕事を続ける上で後押しになったと感謝しています。

【連載】新聞記者から社労士へ。定年ドタバタ10年記

第1章 生活者との出会いの中で
1. 再就職が駄目になり、悄然としました
2. DVD頼りに、40年ぶり2回目の自宅浪人をしました
3. 見事に皮算用は外れ、顧客開拓に苦戦しました

4. 世間の風は冷たいと感じました

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