【佐藤和文(メディアプロジェクト仙台)】多賀城市の多賀城小学校を拠点に活動する「ブライトキッズ」が自律的な市民団体として運営されているのに対して、仙台市立八木山小学校のビッグバンドサークル「夢色音楽隊」は、もともと八木山小にあった吹奏楽を母体に、ビッグバンドとして活動するようになった経緯があります。吹奏楽からジャズの世界に移ったのは2006年(平成18年)4月のことです。その後「夢色音楽隊」の名称も、ビッグバンドとして活動する際に、子どもたちの中から生まれました。
そのため「ブライトキッズ」は異なる学校、異なる町からの参加が可能ですが、「夢色音楽隊」は八木山小のスクールバンド的な側面があり、顧問の教師、保護者の会、外部指導者の3者による運営となっています。
夢色音楽隊の活動は予想以上にハードでした。まず毎日の朝練習が午前7時50分から午前8時15分まで設定されています。月3回は、土曜日の午前中を定例の練習に充てています。使えるビッグバンドに関する譜面は現在116曲。
社会人の場合、週1とか月2の練習日を設定しても、全員が揃うことがほとんどないケースも珍しくありません。子どもバンドのみなさんの活動をそれと比べても仕方のないことですが、仕事や家庭、社会での役割を果たしながら音楽活動を続けている人にとっては、少しばかりうらやましい事情かもしれません。
ビッグバンドの場合も吹奏楽同様、小学校の低学年からグループで合奏したり、曲の仕上げに向けて全プレーヤーが一丸となって進んだりする環境が自然に出来上がります。各パートの役割分担を通じて、ドキドキもののソロ演奏や、他のメンバーの演奏を聴きながら作り上げるアンサンブルなどの意味を知ることになります。上級生中心にパート演奏を仕上げる様子を見ながら、ひょっとしたらこの小さな「縦社会」では「いじめ」や引きこもりさえ無縁なのかもしれないと思うのでした。
今年も卒業記念の演奏会を3月21日(土)に予定しています。(編注参照)今年最大のトピックは、チック・コリア(ピアノ)が1972年に作曲した人気ナンバー「スペイン(SPAIN)」を準備していることでしょう。「SPAIN」はチック・コリアのグループ「リターン・トゥ・フォーエバー」のデビュー作「LIGTH AS A FEATHER」に収録されています。チック・コリアのピアノソロから一転して流れるリズムが何といっても印象的です。この曲をジャズ喫茶で初めて聴いたとき、周囲の客の誰もが「タッタッタ ターラララ」とテーブルや自分の膝を叩き始めたのを思い出します。
先日、二度目の取材に行った際に「夢色音楽隊」の「SPAIN」を初めて聴きました。アルトサックスの譜面を借りて子どもたちの演奏を追いかけました。2拍子(「イン・ツー」ともいいます)のためもあって、油断すると、自分がどこを演奏しているかロスト(見失う)しかねません。なるほど、確かに優しい曲ではありませんが、何か所か厄介な部分を除き、全体としてうまく流れていました。本番までにどれだけ仕上がるか楽しみです。
「子どもたちには一生の間にいろいろなことがあると思いますが、自分が本当に楽しめることが一つでもあればどんな壁が立ちはだかろうと乗り越える大きな力になるはずです。家族でカナダに住んでいた時にストリートジャズの演奏に出会ってとても楽しかったのを覚えています。帰国後、仙台に住むようになって、地域の公園まつりで偶然、夢色音楽隊の演奏を聴いて、娘もわたしも『これだ!』と思いました」
「保護者の会」元代表の下權谷生裕(しもごんや・きひろ)さんはジャズ音楽との出会いを楽しそうに振り返ります。下權谷さんの娘さんは小4の10月に「夢色音隊」に参加、サックスを担当しました。中学進学後、「吹奏楽ではなくジャズをやりたい」と「夢色音楽隊」のOG・OBバンド「Swing After School」を結成しました。3つ年下で卒業を間近に控える息子さんも「夢色音楽隊」のドラム担当です。「娘の卒業のときは寂しかったが、息子もOG・OBバンドに参加してくれると思うのでとても楽しみです」と下權谷さん。OG・OBバンドは「卒業演奏会」に賛助出演する予定です。
蛇足ながら今回の取材では、シニア世代を中心に一定の規模の「ビッグバンド好きな人々」が見えてきました。別のパートで機会があれば触れますが、ジャズ音楽という形式は演奏者の規模からして自由度が高く、一人で演奏するソロから人数が増えるごとにデュオ、トリオ、カルテット、クインテットと呼ばれます。ビッグバンドジャズは一般的に20人前後で演奏することが多く、サックス、トランペット、トロンボーンのパートを、ギター、ピアノ、ベース、ドラムなどで構成するリズムチームが支えます。ビッグバンドスタイルはおそらく最も豪華で派手なスタイルです。夢色音楽隊やブライトキッズの子どもたちがその系譜に連なるかどうかはもちろんまだ分かりません。
【編注】新型ウイルスの影響で3月から長期間学校が休校となり、卒業演奏会は中止となりました。代わりに定例の土曜日の練習を保護者限定の演奏会に充て、予定していた18曲を完奏しました。
外部指導者、山崎邦雄さん(69)に聞く
-「夢色音楽隊」についてあらましを教えてください。
山崎:正式名称は「八木山小学校バンドサークル“夢色音楽隊”」です。棒振り(指揮者)は私がやっています。3年生から6年生まで25人がメンバーです。「夢色音楽隊」の名称はビッグバンドとして活動するときに使っています。八木山小にはもともと吹奏楽のバンドがありましたが、だんだんと生徒数が少なくなり、メンバーが増えなかったので、もっと楽しいビッグバンドというのがあるよと提案させてもらいました。あくまで小学校のバンドなので顧問の先生もいらっしゃって、わたしは外部講師として活動しています。
-3月の卒業コンサートでチック・コリアの「SPAIN」を取り上げるそうですね。
山崎:誰に話しても、子どもたちには難しいと言われるんです。無理は承知でこどもたちには練習を頑張ってもらっています。ぜひ聴きにきてください。
-子どもたちにとってジャズ音楽とは?指導するうえでどんな点に注意しますか?
山崎:子どもにとっては、まず「楽しさ」がメーンになりますよね。チューニング(調律)とかにあまりこだわらない中で「基本を大事に」という事だけです。細かいところにはあまり気にしないようにしています。たとえば、音符の長さは守らせるけれども、多少の音程の違いはやむをえない。厳密にしようと思ったら大人でも難しいので。ただし、基本をいい加減にすると、中学校に行って、吹奏楽をやりたいとなったら混乱するので、基本はしっかり守るようにします。
-基礎練習の中でたとえば「ロングトーン」には時間をかけますか?
山崎:最初の音出し程度でほとんどしません。どうしても子どもにとっては面白くない練習なので、飽きてしまう。音程が揃わないのは、子どもにとって当たり前ですから、とにかく音の出だしをしっかりさせて、音符の端まで真っすぐにしっかり吹く。そんな感じですかね。
-希望に合わせて楽器を選ぶことはできますか?
山崎:なるべく自分がやりたい楽器を担当させるようにしています。唇を中心に口元の状態の関係で、どうしても合わない場合は、説明して別の楽器を担当してもらうことはあります。また、歯を矯正している場合は金管楽器のような、マウスピースを押し付けて吹く楽器は向かないので、サックスにするかリズムパートに回ってもらうか、といった感じです。
-子どものころから音楽をやる意味は?
山崎:演奏を聴いて、本人以上に親が感動しているようです。やっている曲はそんなに難しくない。親しみやすい曲が多いし、ジャズの曲を中心に小学生があれだけ一生懸命に楽器を吹く姿はなかなか見られません。技術ではなく他のプラスアルファがあります。
-譜面を読めるようになりますか?
山崎:新メンバーには、楽器毎に初心者用の教則本を渡すところから始めます。音程や音符の長さなど、必要なことを繰り返し覚えてもらいます。得意、不得意はどうしてもあるし、ピアノなど習っていなくてもゼンゼン大丈夫。コツさえつかんでしまえば子どもはどんどん身に着けてしまいます。メトロノームはほとんど使いません。メトロノームに合わせると、音楽が平面的になるからです。曲の感じを大づかみに伝えるときには使うが・・。
それと、耳で聴いて覚える「耳コピー」はすすめません。耳で覚えてしまうと、譜面を見なくなる。譜面通りやらなくなる。必ず譜面を渡し見て演奏するよう指導しています。(実際にプロなどが演奏している)「音源」は、ある程度演奏できるようになってから渡すことはあります。同じパートの誰かが休みの場合、他のメンバーが代わって吹くこともあるので、自分が担当する部分だけ耳で聴いて吹いていると、応用が利かないプレーヤーになりかねません。年間30曲位の練習をしていると、「耳コピー」する余裕もないので、ある程度の初見演奏は常識になるハズ?です。3月の「卒業演奏会」では、メンバー25名で18曲の完奏を目指します。
【この連載が本になりました!】定禅寺ストリートジャズフェスティバルなど、独特のジャズ文化が花開いてきた杜の都・仙台。東京でもニューヨークでもない、「仙台のジャズ」って何?仙台の街の歴史や数多くのミュージシャンの証言を手がかりに、地域に根付く音楽文化を紐解く意欲作です!下記画像リンクから詳細をご覧下さい。
【連載】仙台ジャズノート
1.プロローグ
(1)身近なところで
(2)「なぜジャズ?」「なぜ今?」「なぜ仙台?」
(3)ジャズは難しい?
2.「現場を見る」
(1) 子どもたちがスイングする ブライト・キッズ(2) 超難曲「SPAIN」に挑戦!仙台市立八木山小学校バンドサークル “夢色音楽隊”