ズーラシアのホッキョクグマ ツヨシ(メス)に春よ来い

國井千穂(ローカルニュースライター講座in渋谷)=横浜市】「タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった」というフレーズで、30代未婚女性の葛藤と奮闘を描き、一貫したコメディータッチと生々しいセリフで人気を博し、テレビドラマ化もされた『東京タラレバ娘』というコミックがある。今、動物園界でも「繁殖の時期をメス同士で過ごしてしまった故に遅咲きの春を待つホッキョクグマ、ツヨシ」に注目が集まっている。

性別を間違えられ…

2003年12月11日札幌の円山動物園に生を受けたホッキョクグマは、元・日本ハムファイターズの新庄剛志選手にちなみツヨシと名付けられた。その名の示す通り、ツヨシは性別を間違えられ、繁殖目的のため釧路市動物園のクルミとペアリングされる。仲睦まじく過ごす2頭の姿が度々、観察されるも結果が振るわないことから、2008年DNA鑑定の末、ツヨシはメスだと判明した。

2016年、かくしてツヨシ(当時12歳)はよこはま動物園ズーラシア(以下、ズーラシア)に嫁入りした。そして、2017年2月28日、引っ越しから1年、満を持してロシア出身のジャンブイ(推定24歳)との同居生活が始まったのである。

謎に満ちたホッキョクグマの出産・子育て

日本におけるホッキョクグマの飼育頭数は近年、減少傾向にあり、また野生由来の個体であるジャンブイとのペアリングには血統保全という意味でも大きな注目が集まっている。

ホッキョクグマは通年単独で行動し、繁殖期が終わればカップルは解消するため、その繁殖生理は未だ完全には把握されていないという。中でも、妊娠期間については解明されていないことが多く、ホッキョクグマの出産、子育てというのは謎に満ちているそうだ。こうした背景により、2011年「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト」が発足し、国内の動物園は、常に協力体制にあるという。

ズーラシアの伊藤咲良さんは「毎日、たった2頭の同じ個体と接していると、変化や症状が、 “種の特性”によるものなのか “個体独自”のものなのか判別がつかないことがあります。ですから、動物園の垣根を超えてデータを集結し、少しずつ最善の方法を導き出している状況なのです」と、現場の難しさとその取り組みについて説明する。また、採血などの際はホッキョクグマへの負担を最小限にすべく、麻酔を打たない方法をとるため日々トレーニングを積んでいる。ホッキョクグマの遺伝的多様性を保持するため、組織的な対策だけでなく、飼育員一人ひとりの飼育技術の向上にも余念がない。

「ホッキョクグマの恋の季節は春に限られています。一方で、それぞれ個体差もあり、また相性も大切です。ですから毎日、食欲、排便、毛艶や表情、匂いなどつぶさに観察し、環境を整えています。どうぞ、温かく見守ってください」と語る伊藤さんの口調は、生まれたての我が子の世話をする母親そのものだ。

ユーモラスな報道の裏に、真剣で切実な飼育現場

2月28日、ジャンブイ(左)とツヨシ(右)初対面の瞬間。今後、子どもが生まれた場合1頭目は釧路市動物園が、2頭目はズーラシアが引き取ることになっているそうだ(提供写真)

『東京タラレバ娘』に度々出てくる言葉がある。「どうやら、私たちには時間がないらしい」この言葉に集約される、危機感、切迫感そして、それに押しつぶされず厳しい現状を受け止め前進する姿が多くの共感を生むのだろう。主人公のドタバタ劇はいかにも楽しげだが、決して笑い事ではない。

「ツヨシの嫁入り」も然りである。ネットニュースや地域新聞など、各方面は”メスのツヨシ”としてユーモラスに報じている。それは、決して間違いではない。しかし、現場は実に真剣で切実である。日本のホッキョクグマの未来を明るいものにすべく、日本中の関係者が切なる思いで祈り、飼育員は日夜、細心の注意を払い地道な努力を惜しまない。

ズーラシアの飼育員は団体職員で担当制である。持てる限りの愛情と手間をかけ、ツヨシの母となり、仲人となり、心の代弁者ともなっている、伊藤さんにも人事異動の季節、春は訪れる。別れと出会いの季節、横浜のツヨシとジャンブイの元にどうか「春よ来い、早く来い」と強く願わずにはいられない。

この記事は2017年2月〜3月まで東京都渋谷区のコワーキングスペースco-ba shibuyaで開催されたco-ba school「ローカルニュースライター実践講座」の受講生が執筆した記事です。5月下旬からの二期目の受講生を募集中です。

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