【大学生が取材した3.11】停まった時間を動かす心療科医 「語れない」原発事故被災者を支えるには

連載:大学生が取材した3.11】「3月11日に向けて記事を書こう」。震災で大きな被害を受けた宮城県名取市にある尚絅学院大学で、ローカルジャーナリストの寺島英弥さんがそんな目標を掲げた実践講座を催しました。「震災を知らない世代」といわれる若者たちが、地元名取市の被災地・閖上の語り部の女性、原発事故の心の傷を癒す医師らと出会い、取材者として話を聴き、その声を伝えるすべを学び、「わが事」と思いを重ねて記事づくりに取り組んだ力作の中から、4点をご紹介します。

【小野香織梨(尚絅学院大学2年)】2011年3月11日の東日本大震災で起きた東京電力福島第一原発事故から11年。現在も福島県の被災地の約4万人(復興庁HPより)の住民は避難を余儀なくされている。精神科医の蟻塚亮二さんは原発事故の後、相馬市を拠点に被災者の心のケアを行ってきた。訪れる患者の多くは、体験してきたことをあまり話したがらないという。心の傷を抱えた人を手助けするために、他者にできることは何か。被災者を見つめてきた蟻塚さんを紹介したい。

目に見えぬ心的影響、戦争体験並みにも

原発事故被災地で、現在も帰還困難区域の福島県浪江町津島地区。住民のうち500名を対象に2019年に行われた調査では、PTSD(心的外傷後ストレス)の発症は48.5%という結果であった。日本国内の震災の被災地では非常に高いという。

授業でインタビューをさせてもらった蟻塚さんは、沖縄の病院におられた際、太平洋戦争の沖縄戦を体験した高齢者400名を対象に同様の調査をし、39.3%という結果だった。「原発事故被災者のPTSDの発症率の高さは、戦争によるトラウマ(心の傷)並みである」と話してくれた。

さらに蟻塚さんの話では、避難回数が4回以上になると精神症状が悪化する、という報告もあるという。津島地区の平均避難回数は4.65回。重度の精神不調を訴える人は、県内避難者が26.6%、県外移住者が43.3%で、「避難回数だけではなく県外移住はPTSDの発症リスクと精神健康状態の悪化を高めている」と説明してくれた。

原発事故の体験を語る集い「おらもしゃべってみっがあ」を催した蟻塚亮二さん=2021年10月23日

「栄光ある勝者」へ尊敬を持って向き合う‐蟻塚さんが語る治療の心得

蟻塚さんは2012年から、相馬市に「メンタルクリニックなごみ」という診療所を設け、被災者のカウンセリングを行っている。原発事故の後、毎月300人程の来談があったという。患者の多くは自身が「うつ病ではないか」と感じて来院するが、話を聞くと、原発事故から避難した心の傷からPTSDを発症している人が多かった。「トラウマの記憶は無意識に心の底にしまい込まれ、本人が気付かない多様な症状で苦しめる」という。

その様子を蟻塚さんは「PTSDはうつ病のふりをしてやってくる」と例えた。訪れる患者は原発事故後に体験してきたことを話したがらず、「自分が死ぬまで抱えていく」と話した人もいた。しかし、この「語れない状況」が恐怖の記憶を長く心に保存してしまい、PTSDのリスクを高めるのだそうだ。

インタビューの中で蟻塚さんは、被災体験に苦しむ人々に対して「尊敬の気持ちを持たなければならない」と強く語り、彼らを「Winner(勝者)」であると述べた。なぜ尊敬されるのか、なぜ「Winner」なのだろうか。

原発事故の被災者には、原発事故から古里を遠く離れて避難し、精神的な不調からクリニックに来院することにも恥ずかしさを感じ、敗北感を抱く人もいる。自分の家も土地は残っているのに帰ることができない、住む場所を転々とし続けて未来が見えない―。

そんな「仮の人生」が続くことに苦しみ、希死念慮する(死にたいという気持ちを抱く)患者もいたという。しかし、蟻塚さんの診療を受けに訪れたのは、そんな状況を改善したい、立ち直りたいという思いがあったからではないだろうか。

蟻塚さんはつらい体験をして生きる人たちを「栄光ある勝者」として尊敬し、苦難に打ち克った「勝者」であると気付かせることが、回復のためにとても大切なことだと教えてくれた。

動き出す時間と私たちにできること‐非体験者として寄り添うとは何か‐

PTSDから回復した人のほとんどは診療所に来なくなったという。蟻塚さんは、「早期発見ができたことや生活条件、家族関係の改善があったから」と説明した。そうした治療が、「仮の人生」を生きてきた人へカウンセリングを通し、停まっていた本来の人生を再び動かしたと言ってもよいのではないかと私は考える。

最後に、蟻塚さんにとって「寄り添う」とは何か―を質問した。「非体験者」である私たちは体験者に代わって、原発事故にまつわる体験をすることができない。その「壁」に無力感や絶望を抱くのではなく、体験者の話を聴くことが、私たちにできる「寄り添う」ということではないか。そう教えてもらった。

取材・執筆:小野香織梨(尚絅学院大学心理・教育学群心理学類2年)
編集:寺島英弥(尚絅学院大学客員教授、ローカルジャーナリスト)
協力:尚絅学院大学(http://www.shokei.jp/

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